Monday, February 28, 2011

花の女子高レポート


久しくコメントせず、ごめんなさい。
face book, twitter,sns,あまりにありすぎて消化できないのは
年齢のせいでしょうか?一方でかなり年配の方から久方ぶりに
face bookの友達御願いメールがきたり。いやいや年齢は関係なく
私が不精なのでしょうね。
先週、参加する女性支援団体Au Sein des Femmeshttp://www.asdf.or.jp/
品川女子学院http://www.shinagawajoshigakuin.jp/のコラボ授業として
父兄向けに「女の子を幸せにする心とカラダの授業」を共催しました。
(jubilanさん、本団体の英訳ではお世話になり、ありがとうね)
この学校は、28歳プロジェクトを実践しており、社会へ出て脂がのる頃、
その力を最大に発揮できるよう、高校では起業登記からはじめて実際の企業へ企画プレゼン、
通れば共同で商品開発をして市場で販売しています。
校長先生がまた素敵な同世代女性で、女の子が一番興味を持つ制服はかわいくあるべきと
伝統的な制服デザイナーではなく、ご自身が試行錯誤の末、デザインしたそうです。
今では大人気でかなりの倍率とか。
私たちの時代にはなかったけど、あったらもっとすごいバブルOLを排出していたことでしょう。

ところで、最近の女子学生は我々の世代と違い、メールでさらっとした軽いお付き合いが
主流、恋話(コイバナ)もカラダの変化や異変も誰と相談することなく流しているようです。
生理がこなくても、不規則でもそれが異常だとはわからないみたい。
そんな娘が心配になる母親自身も、同様にカラダに無頓着なようです。
更年期とやらがきてイライラ、だるくなるのは自然なのに考えつかず、
病院へ行ってはじめて知ることも多いみたい。
話それますが、女性は妊娠で生理が来ない時期にカラダメンテを
するようですが、私のように子供がいない女性は生理が始まって以来、休みなく
フル操業、どこかで故障しても不思議ではないそうです。
今からは無理だし、どうメンテしたものか。
つまりは、理由あっての不調を無視して家族が一つ屋根の下に暮らしているから
問題が出てくるのでしょう。何故かお母さんの機嫌が悪い、怒らせないよう黙っていよう。
子供の様子が変、でも嫌われるから黙っていよう。子供の鬱も、ひきこもりも、
トイレでお弁当を食べる個食生活もこんなきっかけから派生したのかも。
私は子供がいないが、近所のおせっかいおばさんでありたいな。
誰も教えないなら、嫌われてもどうってことない他人のおばさんが教えたらいいと思うけど。












素晴らしきネット・ワールド

最近内職を始めました。色々な業種のリサーチや、翻訳等々。書くの大好き、家にいるの大好きな私には夢のような仕事です。

リサーチの手始めはネット・サーチ。その業界の大体のバックグラウンドなどを把握し、ずぶずぶっと足を深みにはめて行く、そんな作業過程なのですが、今回のリサーチはテーマは壮大、でも要求は仔細なもの。
サーチする範囲は六法全書並みです。その中から針の穴のような情報を探す、But 中々ドンピシャリとは行かず、困っていました。インターネットは情報が沢山あるのが嬉しい一方、必要な情報を抽出するのが難しいというのは、皆さんも経験済みでしょう。目が充血するが、仕事は進まない。

そんな在る日、友人で、携帯APPs、その他、ニューテクノロジー(と呼んでしまうあたりが私のアナログ度を象徴してますねぇ)に強いのが、「FacebookとかLinkedinとかのグループで聞いてみれば?」というじゃないですか。
なるほど、私にとってソーシャル・ネットワーク・サイトは、拙エトランゼに代表されるような、インタラクティブなブログ集合体、憩いの場所っていう認識でしたが、そういう風にも使えるんだ!と目からうろこ。
早速Lで探すと、あるある関連グループ。で、それらグループに掲示板に「Help!」と用件を書き込んだところ、早速、素晴らしい情報提供があって、うっほっほ~!これで何とか納期日に間に合うかも。

そして無償なのに、「助けてあげよう、僕の知ってることが役に立つのならどうぞ」と手を伸ばしてくれる気持ちが嬉しい。
ネットでは、みんな助け合いの精神を、実生活以上に発揮しているように感じます。多分実生活でも、手助けしたいというのは健全な人なら誰でも持っている気持ちなのでしょう。・・・でもお節介になったり、かえって迷惑になるのが恐い+面倒くさい。そんな理由で躊躇って行動に移せていない親切心が、ネットという、不思議な空間の特性・居心地のよさから「どうぞどうぞ~。でも違ったらごめんね~」っていう感覚でオファーできるのでしょうね。

今日はまた、Youtubeで、桑田佳祐さんFMのラジオ放送がアップロードされているのを発見し、ダブルに嬉しくもあり。一時間半、全部聴いちゃいました。(だから仕事が進まない)
新しいCD、MusicMan、すごくよさそうです。枯渇しない才能、素晴らしい。人間ってすごいわ。

そんなこんなで、ますますPC前滞在時間が長くなりそうな怠け象でした。

草食系男子

種のF1種というのをご存じだろうか?私たちがスーパーで食べている野菜のほとんどがこのF1種の種からできている。F1種からできた野菜の種を土に埋めても芽は出てこない。形を一定にしやすい、収穫量が多いなどの品種改良をしていくうえで、雄しべなどに改良を加えるために、花粉が機能不全になるそうだ。だから農家は毎年種子を買わなければならない。知らず知らずのうちに自然の本来あるべき姿、循環するということから離れたものをいつも食べていることになる。種なしぶどうや柿など不自然と感じながらも、食べやすいからとつい買ってしまう。何十年も食べているこの種の野菜からくる影響が身体にないはずはない。確かに最近は草食系男子が増え、女の子のように美しい男子のアイドルが増え、男性の疲労症候群の原因が男性ホルモンの不足とくれば関係がありそうに思えてくる。元気のない日本が作り出されているようだ。とりあえず、夫の実家から送られてくる自家製野菜や、自分のベランダ菜園では固定種をなるべく使っていくしかないかと思う。エジプトや中東の熱いエネルギーは、きっと野菜の固定種、原種を食べているに違いない。

Sunday, February 27, 2011

洗脳

先週の金曜日の夜中の12時頃に友人から電話がかかってきて、たった今取引先との飲み会から帰る車の中で、まだ若者は飲み続けているけど、自分は身体が辛いから途中で退参してきたという。電話の先の相手が喋っているのと全く同じような行動を自分も数年前までやっていたことを懐かしく思い出した。数年前までの私の生活もこんな感じで夜遅くまで飲んだり食べたりして、夜中にタクシーで帰るのが珍しくない日々だった。今思うとあれはあれで、毎日が軽ノリでお祭り騒ぎで楽しかった。今の私の生活はガラッと変わった。会社や取引先の忘年会や送別会はなくなり自分の時間が増えた。更に私には子供がいないから、自分の為に時間を使う日々であり、全てを自分で決めなければならない。このあり余る自由が恨めしく自分が何の役にも立っていない感じがして無力感とか虚しい感じで押し潰されてしまいそうな時もあったけれど、最近ようやく拘束されていない自分に罪意識のような嫌な感じが無くなってきた。こういう気持ちになるのに結構な時間がかかった。自分の頭で考えて主体的に行動していたつもりでいたけれど、実際は随分と自分の頭も行動も洗脳されていたものだと今になって思う。皆さんも結構、色んなことに洗脳されているかもしれませんよ。お気をつけて!

Saturday, February 26, 2011

起業とイノベーション

今週は珍しくアカデミックな活動をしてみた。米国の国務省、日本の経済産業省、JETRO,NEDOそしてスタンフォード大学の共催する起業とイノベーションを日米でコラボレーションするというシンポジウムに出席、そしてほんの少しだけ企画に携わった。官民そして学会の重鎮が意見交換をし面白い発言がたくさんある中で、一番印象に残ったのは、シリコンバレーは場所ではなく文化であるということ。移民が一身出世するとスーパーヒーローになる文化が、出る杭は打たれる日本文化をはたして感化することができるのか?その反面、これからのイノベーションの核となるクリーンテク、グリーンでは、優れた技術を持つ日本に欠けるのは、英語圏で英語流にマーケティングをする能力だという発言も面白かった。

ま、そんなわけで、昨日娘が数えただけで10の起業活動を母なる私はしている。シンポジウムで着眼点は悪くないことが確認できたのは嬉しい。ビジネス英会話に、日米進出のお手伝いをするビジネス、ソーラー金融スタートアップのパートCFOなどは、いかにもシンポジウムに「良くできました」マークがもらえそうな気がする。でも、一番楽しいのは、あえて言うなら、Sustainable Clothingということで無理やりグリーンな、着物をバッグに作り変えるNagomi Shantiのバッグである。「母さんが夜なべをして~」と口ずさみながら縫い上げたのが写真のバッグ。起業家とイノベーションは地味な活動の積み上げだと理解するには、こういう草の根の起業を経験するのが一番のような気がする。



激動の中東

今朝、わざわざ郵便受けにEconomist誌を取りに言ったのは、日ごろから政治経済に関心が高いがためでなく、日々激動している中東情勢に、あまりにも疎くなっている自分が気になっていたから。そしてリビアの気狂いカダフィーが1000人以上も市民を大虐殺しているというのの、終焉はいつなのか、世論を知りたかったから。

ことの発端がウィキリークという説は本当なのでしょうか。だとしたら、やはりウェブ進化論じゃないけれど、その存在はすばらしいな、と思います。賛否両論なのもわかるけれど、個人のプライバシーを侵害しないのであれば、OKでしょう。世間の「知りたい知りたい病」はもう止められないのではないでしょうかね。

それにしても、年末からのチュニジア、エジプト、バーレーン、そして今リビア。イエメンも、サウジも危ういとか。我がかつての居住の地、カタールはかなり嘘くさいけど、一応民主的にやっているからOKということなのかしら。イランはイスラエルをチクチクやっているようだし、実はすごい歴史の一ページに生きているんだな、と思う今日この頃。でも、ヤフーJapanニュースの10トピックには、殆ど取り上げられずにいる・・・。まぁ、確かに地震やら、ローカルな事故とか、色々毎日起きているから、わかるんだけど、ちょっと近視的にも思える。

フランス的視点からの中東情勢について、友人のMirabelleさんがブログに書いておられます。
ぴらぴらパリの紙切れたち 

一滴でも流血の少ない民主化でありますように。

Thursday, February 24, 2011

強い者は生き残れない

 醤油のヤマサが売っている「ヤマサ鮮度の一滴」という醤油を知りませんか?昨年CM放送で結構話題になった商品だが特徴は醤油そのものではなく、その容器である。醤油はパウチの中に入っていて、パウチを押して醤油を出す所までは普通だが、注ぎ口に特殊な加工が施されており、何度醤油を継いでも、中身の醤油自体は空気に触れないように出来ているのだ。つまり、醤油はでるけれど、逆に空気は容器の中には全く入らないので、酸化をおこさずいつでも新鮮さがキープされるというものだ。今日、昔一緒に働いていた友人に誘われてベンチャー企業の会に言って、この容器を発明した人に会った。彼は工学博士で技術者で、かつて小さなベンチャーを上場させ、もう一度小さな会社を興し、このような発明を続けている。彼は最近コーヒーの酸化を止める方法も発明したらしく、普通レベルのコーヒーでも焙煎直後に特殊な加工を施すことで、酸化を食い止め新鮮な風味を閉じ込めてしまうことに成功したらしい。「今後はどうするのですか?」との私の質問に彼は、「スターバックスに戦いを挑むつもりだ」と言っていた。自分の技術でスターバックスよりも美味しいコーヒーを安く提供してコーヒー屋を展開したいという。研究を重ね、商品を発明し、会社のマネジメントもやりながら、次はコーヒー屋に挑戦とは、「素晴らしい変化ですね。」と言ったら、彼曰く、「強い者は生き残れないから」と言った。よく意味を聞いてみたら、人間が生きているのはせいぜい数億年、微生物は何十億年も生きている。恐竜や強い者は変化ができないから滅びるけれど、微生物は変化が速いので環境の激変に適応して生き続けることができる。人間は子どもを産むまで20年、微生物は20分で新しい環境に適応した子孫を残すのだそうだ。だから彼も会社が強く大きくなったらすぐにまた、小さな企業を興して新たな環境で挑戦を始めるだそうだ。微生物を参考にした生き方がいいというのが彼の説であったが、皆さんの生き方の参考になりましたでしょうか?

シェフ・Misatoさんのガトー・ショコラ

昨日は次男の4歳の誕生日会をしました。といっても招待客4名さまのこじんまりパーティー。

日ごろ、ついつい長男優先でスケジュールを組んできた罪滅ぼしに、友人のプロ料理人、みさとさんにケーキを頼みました。
(決してケーキ作りを怠けたのではありません)



すばらしいでしょう。
ピーターパンが大好きで、その中でもキャピテン・クロシェ(フック)が大好きな次男に、海賊船を作ってくださいました。

・・・・ところで、やはり男の子二人のママたちと、この、次男の凶暴趣向について話すと、皆さん同様だと。
「長男は車や電車などに夢中だったけど、次男は銃や剣が大好き。必死にそういったものを隠して育てているのに、戦闘的なものが好き」って。
生まれながらに兄という脅威がいるが故の自己防衛本能なのでしょうか。


で、とにかく、海賊船ケーキ。
さすが、パリの一番人気のショコラティエで生産を仕切ってきただけあります。すごいすごい。
船体部分がガトーショコラで、これも材料の良さもわかる、濃厚なおいしさで、大人たちもうっとりの味。カカオの新鮮さが鼻から抜けていくって感じ。シャンパンでなくて、濃厚な赤ワインといただくのもおいしそう。(今夜やってみよう)

そして悪がきも、すっかりシュガーハイで・・・・



ミサトさんの他の作品は、FaceBookで Chef Misatoでサーチできます。
Amebloではじめたばかりのブログアドレスは→http://ameblo.jp/chefmisato/
レシピその他については、「エトランゼ♪」の「ミミのパリ・パティシエ話」コミュで読めます。

Monday, February 21, 2011

HUG

様々な分野でのグローバリゼーションというと既にちょっと古い感じがするけど、子供の世界でも同じ現象が伺われる。最近は、どの国から来た子供でも同じテレビ番組を見て育ち、同じキャラクターを好みとし、同じ音楽のファンで、同じようなファッションを好む。休暇先のホテルでも、同じテレビ番組が見れる。私が子供の頃とは大違い、でも当たり前のことだ。話しは変わるけど、30年ほど前にはじめて海外に行った時、まだまだ外国に来ているという感覚を持つのは、非常に簡単だった頃がなんかなつかしい。10代だった私はいかに回りの人々に溶け込めるかと、一生懸命がんばった。そういえば、挨拶の”hug”や”Kiss"にかなりの違和感を持っていたのにもかかわらず、溶け込もうと思いがんばってやっていた自分がいとおしい。その後数十年間、なぜか私の携わっていた世界ではいつのまにかそういったことが普通になり違和感も消えていたようなきがする。ところが数ヶ月前、レストランの入り口で友達から紹介された初対面の人と直立で握手をして、ついでに相手から右頬にあいさつのキスをうける行動をとっている自分の姿を、後ろの窓で垣間見て”げっ!”と思い、体が固まってしまったのだ。自分でない自分を見てしまった感じ。”これはないだろー!”と思い、それ以来意識的に純日本風の会釈からはじまる挨拶をしてる。やはりしっくりくる。相手も、人によっては、つられてお辞儀してるのが、心地よい。

ふと商売っ気。。。

Soraさんのラオス・コーヒーやメンマを試してみたいのだが、それでふと思ったのは、このサイトの読者の中にも私と同感の方がいるのではないかと。。。ならば、つまみ食いショッピングコーナーを設けたらどうかなあ。技術にさほど強くないので、どうやってできるのか研究してみる必要があると思うけど、できなくない気がする。他にも皆さんの地の利を生かしておいしいものをお互いに調達するのも面白い気がする。先日もスイスに住む義姉から、ニュートロジーナのこのクリームという要望をもらった。中国では粉ミルクを安全な海外物に求めるというけど、そんな軽いノリでやってみたらどうだろう?ちなみに、ラオス・コーヒーはおいくらですか?

メンマ

皆さんメンマは好きですか?メンマの原料はシナチクと呼ばれる食用の竹でラーメンに入っている、あれである。ラオスで農業法人を立ち上げだSさんが先週から日本に来ており今日シナチクのサンプルをもらった。シナチクと呼ぶだけあって、現在日本は100%中国から輸入している。この食用の竹がラオスやタイには自生して、タイ人も食べるけれど日本のタケノコと同様に小さいうちしか食べず、大きくなったら誰も見向きもせず放置されているのだそうだ。日本では150センチぐらいに伸びたシナチクを茹でて味付けをして食べるのだ。こうやって書いていると、なぜ日本人がラーメンにシナチクを入れるようになったのか不思議に思う。中国ではこんな習慣は無いらしく日本オリジナルだそうだ。 ところで、竹のいい所は毎年切っても翌年勝手に伸びてくるから種を毎年植える手間は無く繁殖力旺盛だから無くなる心配もない。サンプルをもらった理由は、今年1月に一緒にラオスを視察旅行に行った友人が、関西を中心に開華屋というラーメンチェーンを経営していて、このラオスのシナチクに興味を持っているからである。ラオスのカントリーリスクはどうなのか?きちんと加工ができるのか?量が確保できるのか?輸出はできるのか?英語は通じるのか?等など山程の問題があるが、中国に供給を頼っている食料品は例外なく近年値上がりしており、アジア諸国が豊かになるにつれて値段だけではなく量の確保も難しくなってきているから、中国以外の供給地を持つことの意義は大きいと思う。私は食の素人だけど、関西のラーメン屋さんが使ってくれるならシナチク屋にでもなるか。。ところで、今日はシナチク以外に、ショウガとその加工品であるガリのサンプルもらった。すでにガリはドイツやポーランドに輸出しているらしい。ヨーロッパ人もガリを食べるなんて驚き!しかも国によって好みの味が異なるというから面白い。ガリは廻る寿司をやっているMさんに見てもらおうと思う。今日はもらえなかったが、はちみつや、ハーブ石鹸、ニンニク、コーヒー、ゴマ、アロエなどまだまだ沢山あるらしい。ハーブ石鹸などは面白いかなと思う。ラオスやタイの女性は高い化粧品など買わずハーブ石鹸を使っているから皺が少ないという説明だった。確かにこれが手頃な値段だったら日本人も興味を持つかもしれないと思い、次回サンプル持ってきて!と頼んでおきました。

本屋大賞その2、「サウスバウンド」by奥田英明

スキー先で読んだ本、「サウスバウンド」は、2006年度の本屋大賞を受賞した、という帯を見て借りたのですが、今、ウィキで見ると、直木賞も受賞していたのですね。今の時代、文学賞ってどれくらい反応があるものなのでしょう。文学的でない私、本屋大賞→直木賞→芥川賞の順位で興味度が落ちて行きます。

と、最初から脱線しましたが、このサウスバウンド、面白かったです!But白銀のスイスで読むのに、これほどふさわしくない本はなかったとも思う。
というのも、本の舞台は後半は沖縄の西表島。
真っ青な海やピンクのさんご礁を思い浮かべても、外は凍てつく雪一色。美味しそうな豚の角煮に炊き立てのご飯のページを読み終え、こてこてのチーズフォンデュの準備をする。雪山と沖縄ならやっぱり沖縄に軍配があがりますね。

普通、少年がナレーターの小説を読むと、白々しくって読んでられないのですが、奥田さんは巧い。ご自分が少年心をもってらっしゃるのでしょう。12歳の少年の、無垢な部分と、現実的な視点が入り混じっているのに、うんうん、自分もそうだったかも、って思い出しながら読みました。元過激派のお父さんはちょっとやりすぎ。ま、君もこんな父親を持って大変だろうけど、若いときにいろいろなキャラクターに接したほうが、人生厚みがでるよ、なんて、たかが本の主人公なのに、実在の少年に語りかけるかのように、心の中でつぶやく自分がいました。

同時平行で読んだのが、子供の本の森へという、心理療法のエキスパート、河合隼雄と詩人の長田弘の対話集。これもとてもよかった!ほとんどが私が知らない、忘れちゃった児童書、絵本についての彼らの意見交換なのですが、それを通して、彼らが子供たちに対してどのように思っているか、どんなメッセージを送りたいのか、伝わってくる。
多くのメッセージは、「子供を守ろうとしているけれど、呪縛にかけていることが多い。解き放ってあげなくてはならない。」ということ。大いに同感なのですが、現実的には、心配でついつい過干渉になりそう。

そんなある日のスキー。
45度の斜面を上がったり降りたりした後のご褒美は、下山するとき。
緩やかな雪の回廊をただただ重力に任せて滑り降りるのです。ところが、ワタクシ、ちょっと道を間違ってしまったようで、いつもとは違う回廊を滑り始めました。でも、もう引き返せない。私の姿を見かけた義父は「Ohlala、あのコ、イタリアにでも行く気かい」とつぶやいたとか。
私は慌ててもしょうがない、といつになく、余裕をもって滑り続けます。なんていっても、その雄大な景色が美しくって。
というのも、いつもの回廊はもみの木がセーフガードになっていたり、カーブするところには、オレンジの網があって、落下防止するようになっているのですが、このイタリア行き(?)の回廊は視界をさえぎるもの、何にもなし。爽快なこと!
時折、背後からビュン!とスノーボーダーが追い抜いて、そのままジェームス・ボンドよろしく、崖からジャンプしたり、そのくらい、何にもないのです。

そのとき思ったのが、上の二冊の本でした。
確かに。
子供に健常に、勇敢に人生を楽しんでもらいたいなら、セーフガードを外す勇気も必要かもね。そして私も然り。

また長くなりました。
サウスバウンドはライト・ノベルでもあるので、疲れたときなどにお勧めです!

Saturday, February 19, 2011

雨の日ヨガ

ヨガに行く人は雨の日に増えると言うことが今週わかった。木曜日に一応落ち込んでる場合ではないと思い、ヨガに出かけたのに、駐車場が満杯であきらめてプールに行った。今日も大雨のなか、時間に遅れること5分でつくと満杯だという。それなので、次のコースめがけて10分離れた別の会場に車を飛ばす。雨の日、特に週末はみんながヨガに向かうようだ。

昨日ランチを一緒に食べた友人は、今日からハワイという。なぜかというと弟さん夫婦は雨のシアトルに辟易でハワイに休暇に行くからという。そういえば、昔フロリダに行ったときもカナダからたくさん人が来ていた。南仏もロシアから一杯人がきている。北海道は寒いけど、HKや中国からた~くさん人がくるという。みんな太陽をもとめてきているんだ。と、すると、エジプトの太陽信仰がわかる。私も時折、太陽に向かい、"Ra!"といってみる。なんとなく、エジプトの神々にクックと笑われている気になる。実際のエジプト人を見る、あんたなんかに笑われる筋合いはないと思うが、神様はなんとなく違う。

スイスでスキー、其のニ




昨夜、足も折らずに無事スイスから帰還しました。

わざわざネットカフェに行ってまで、前回レポートを発信した甲斐(?)あり、こちらのコメントも、エトランゼにおいてのコメントも、またメールでも、「わかるわかる!私も一緒」といった意見を沢山頂いて、怒りも悲しみもメール・コメントの数分の一になり、心が落ち着きました。皆様ありがとう!私だけじゃない、ということがこんなに力をくれるものなのですね。

こうして冷静な頭で一人デ・ブリをすると、問題もクリアに見えてくる。

① 夫が私を優しく守ってくれる、気遣ってくれるという妄想を抱いたのが悪かった。

今までだって、パリ社交界に連れてってくれたはいいが、会場についたとたん自分の旧友と盛り上がって、私を壁の花にしたり、親切だけど耳の遠いおばあさんとトンチンカンな会話にはまっているのを放って置かれたりしたのに、何故スキーでは紳士になると思ったのでしょう。これは私が悪かった、バカだったとしかいえません。


② 何故薦められるがままにスキーなど履いてしまったのか、リフトに乗ってしまったのか。

私は自分がないというか、無防備というか、人に何か薦められると、特にそれが善良そうな人だと、考える前に「はい、そうしましょう」と言ってしまう癖があるのです。たとえ悪意こそなくても、人は無責任に人にものを薦めるというのは、金融で買う側にいたときに痛いほど学んだはずなのに、現実生活に生かせなかった。これも私が悪うございました。


③ 何故、良い母、良い嫁ぶってしまったのだろう。

はい、良い妻の振りはできませんでした。夫って言う存在は当たるためにある、って思うことありませんか?
Anyway,折角子猿達のバカンスだし、この歳でスイスに来るという幸運に賜れたのだから、楽しい思い出にしてあげたくって・・・、というのは建前で、野猿達がギャーギャーすると義理の両親の迷惑になる!と思い、あやつらを必死におだて、持ち上げ、なだめては、誰もいないときにはこっぴどく叱る、というのをやったり、義理両親の前では機嫌のよい、疲れ知らずの嫁を演じていたらですね、自分の時間がなくなってしまったのです。
これが辛かった。
家ではたとえ家族が大騒ぎしていようと、自分勝手にこうしてタイプしたり、ごろごろしたりできるのですが、スキー先ではいつも周りに気を使っているうちに、自分の世界に鍵が掛かっちゃって、入りたくても、ドアが開かない状況に陥ってしまったのです。
本当に私ってバカ。


まとめ
・来年もお誘いを受けたら、スキーは他の皆がバテてくる後半だけ参加することにする。(頭いいでしょ)
・スキーしないときは、ネットカフェにいって自分の世界にどっぷり入ることにする。宿泊先の片付けなどしない。食事の準備などもしない。買出しも男性軍に任せる。
・子猿達は一日中スキー教室に入れる、食事つきで頼む、それが過酷なら一日おきにでもそうする。
・スキーに発つ前はすごく夫に負担の多いことをする、例えば毎晩子守させて私は飲み歩くとか。そうすれば、例えスキー先で夫が非紳士的でもあまり頭にこないと思うから。

そして、大まとめ
自分の時間って本当に大切なんだと痛感しました。どんなに忙しくても、脳みそをびよよ~んとさせたり、逆にビンビンビンとさせたりする時間を作るのも、健康管理の一つですね。

そして、どうしてもそれができないときは、森田健作よろしく、太陽に吠えるもよし。
ストレスは溜めると怖いですから、吠えてもいいから発散しましょう。

では、また行きます!

Friday, February 18, 2011

ノアの箱舟

ノアの箱舟に乗りたいくらい大雨が降っている。それなので、学校に末っ子を迎えに行き、堂々と警察の車の後ろで歩道に赤のペンキの塗られているところに車を止め中で待っていると、さすがにおまわりさんがやってきた。ここに駐車すると罰金$400だよと脅す。自分が悪いのに腹が立つ。それでも$400は嫌なのでごめんなさいといって一循環すると、息子がテクテク歩いてきた、例のおまわりさんに向かって。また同じところにとめたら怒るだろうなあ~と思い、もう少し前の赤が消えたところにとめてみた。息子にこんなひどい仕打ちに会ったと話すと、まあまあ、He's just doing his jobという。はあ、そうですね、と言いながら家にもどり、次は次男のバイオリン・レッスンの時間変更と彼の行方探し、そして、水泳部に下心ありありで通いだした長女のお迎え。幸い次女は風邪気味で学校を休んだ(割には犬の散歩は2回もしたし、歌声も聞こえた)ので、送り迎えをする必要がなく。。。20年もするとこんな頃を懐かしむのかなあと考える。誰も感謝しないので、"Thank you, Mommy!"
と自分で言ってみる。こんなにたくさん産んだので自業自得である。こんな動物がノアの箱舟に乗ったら、箱舟沈むだろうなあ。

男のエステ

昨晩は私の友人の大親友である韓国人のC会長を紹介してくれるというので楽しみにしていたら、前日になって友達から電話がきて、持病の群発性頭痛がひどいので食事に行けないが、C会長は既に韓国を出てしまっているので悪いが一緒に食事をしてくれないかと言われた。C会長を囲んで食事が始まった。C会長は年の頃65歳程か。さまざまな投資に成功しお金持ちで日本でも通信の会社を経営しているが今は第一線を勇退しアジアの仏教に興味があり旅行が趣味だと言う。博識でソツが無い成功者なのだが、会った瞬間からちょっとした違和感を感じていた。食事も佳境に入り、少し酔いが回った頃、韓国のエステの話になった。C会長曰く、韓国では老若男女エステや整形に行くのは極普通。C会長も、昨年友人の経営するエステでシミを120個も取ったという。通りでC会長の顔にはシミ、シミ予備軍のくすみ、ほくろ等は全くなく子供のように肌が明るくツルンとして綺麗な肌色なのだ。普通オッサンの顔と言えば疲れ、顔色はくすみ若い頃にはなかったシミやほくろが点在しているものだが、C会長にはそれが無い。120個のシミを取ってから、人に会うと「若若しくなりましたねぇ」と言われ、そう言われると嬉しくなり、身体中のシミ消し去りたいという欲望にかられる程シミ取りには中毒性があるという。そしてもう一つ驚きなのは値段。120個のシミを取るのに友達プライスで2万円程度だったそうだ。C会長は私の顔を覗き込み「あなたも取った方がいいよ」と率直に言った。初対面のくせに、そしてさっきまで上品だったのに、最後は随分正直だった。親しくなった証拠と思って許そう。あー、それにしても韓国女性は大変だろう。だって隣にいる60代の男の肌があんなに若若しかったら、年相応等とか言って女がふんぞり返っているわけにはいかないだろうから。

Thursday, February 17, 2011

カミーノ巡礼

シャーリー・マクレーンの『カミーノ―魂の旅路』を読了。スペインの巡礼路を踏破した60歳の米国人大女優がつづるエッセイ。ぼろぼろになり、ジャーナリストに追いかけられながら、800kmを1カ月あまりで歩き通したシャーリーさんに圧倒されました。実はシャーリー・マクレーンを知らなかった私。娘のサチ・パーカーは「西の魔女が死んだ」という映画の試写会で、日本語を話せる外国人女優としてうっすら知っていました。日本に縁の深いシャーリー女史。娘の名前は、小森のおばちゃまとして知られる親友の小森和子さんがつけたそうです。私は死ぬまでに四国のお遍路を歩きたいな。今日の花金はシャーリーさん主演の映画『ココ・シャネル』を借りて観る予定。。

美容院

髪の毛がどう見ても獅子舞状態になっているので、切りに行ってみた。いつもとてもカットの上手なちはさんにお願いした。ちはさんは九州のご出身でもうすでにサンフランシスコに7年いるのに、九州弁のやわらか~い雰囲気がかわいらしい。スリムなので気がつかなかったが、なんと妊娠6ヶ月と言うではないか!?子供談義に花が咲き、なぜか貸切状態の美容院で受付嬢、アシスタント、ちはさんと私で盛り上がり、オーナーの男性の方は裏で静かに潜んでいらした。

男の子は犬、女の子は猫と言うのが私の持論なのだが、彼女は男の子を予定しているそうで、ああ、それは楽でいいねと安堵した。私の思春期を思うと、女の子は大変だと思う。うちの娘たちはそれなりに大変だけど、大都会ではなく郊外育ちなのでかなりの箱入り娘のような気がする。それでも、猫をてなづける感覚は生まれた瞬間からある。油断ならないのである。それに比べ、男の子はなんと素直でわかりやすいか。これは大人になっても同じような気がしてきた、最近。

Wednesday, February 16, 2011

世界は丸くておもしろい

最近、このブログに寄稿する人が増えてとても面白い。世界の丸さを実感する。一人が起きる頃、もう一人はランチ、そしてもう一人は寝ている。金融で言う「ブックを回している」状態で、誰かが寝ている間に人生をつないでいる感じがとても運命共同体している。コメントを読むと、本当に優しさが伝わってくる。ありがたい。

なぜかここでレインボーマンを思い起こす自分が恐ろしい。インドの山奥で修行をしてと言う歌が脳裏を掠めるあたり、非常に危ない。人生を放浪しながら修行をする図を連想したのかもしれない。この面白い状況を分かちあえない異文化ファミリーは、グローバルの挑戦かもしれない。SoraさんとSkypeしながら文化を共有したり、夫がピーチクパーチクフランス語で友人と長話をするのを聞いたりするたびに、同じ文化を共有できる楽しみって大事なんだなあと思う。どの国にもサザエさんがあったり、Tintinがあったり、Scoopy Doがあり、お魚加えたどら猫~、とか、Mille milles de mille sabordや、Scooby doobie do!って言って笑い合える共通の場があるのだと思う。これを世界に応用するのは無理なのか、できるのか。。。

何も予定のない日

今日は久しぶりに何も予定の入っていない日です。予定とは言っても私は専業主婦なので、たいした用事は常からありませんが、それでも子供がらみの用事が結構あり、(本当に)おかげさまでそれなりに急がしく毎日過ごさせてもらってますが。今朝は6:40amのバスに娘をのせ、7:30に長男と次男を学校まで来るまで送っていき、家についたのは8:30am。その後、今日は小一時間近くのビーチをウォーキングしてきました。天気もよく、気温も28度程度で心地よく、心から元気になってくのを感じます。実は朝運動をするなんていうポジティブな趣味は最近始めたのですが、これが本当に私の生活の基本になってます。何も考えずに体を使う。色々悩むことが多い時ほど、長年かけてやっとみつけた(世の中の皆さんは既にに実行している普通のことだと思いますが)元気になる方法です。数年前ベストセラーになった "Eat Pray Love"は、私的にはなぜベストセラー?という感じの本で、当人の悩みがあまりにも”悩み”でないような印象を受け拍子抜けした感があったのですが、映画はそれなりに”娯楽”としては軽く楽しく、とくにイタリア人が主人公のアメリカ人女性に、(確かな言葉はわすれましたが)"you american people don't know how to enjoy doing nothing"ってなことを言うシーンが印象に残ってます。今朝歩いているときに、ふとその言葉が頭にうかび、最近私も心からぼーっとして楽しむことができる時もあると思いました。若い時には、人生はこんなもんだ、人はこうあるべきだ、物事はこう考えるべきだ等と、語ったり考えたりしていたことが、その当時いかに本質的に理解していなかったのか、そして最近になってやっと本質的に理解し始めることが出来きるようになったと感じるこの頃です。意味不明ですみませんが、歳をとる醍醐味がここにあると考えてます。

スイスでスキー

またまた場違いなところにきています。
スイスはVerbierという、スキーリゾート、これは毎年、義父が自分、子供、孫達へのプレゼントとして、孫の学校の冬休みにあわせてシャレをとってくださり、各家族、都合のよいときにあわせて一週間くらい滞在します。
Verbierの街はローザンヌからそう遠くなく、フランス語圏。なのに何故かイギリス人が沢山いるので、英語・フランス語が同じくらい飛び交っています。ちょっとJetSet系で、ビクトリア・ベッカム風の人が闊歩していて、世代もそんな感じで乳母車やちびっ子も一杯見かけます。

おスイスでおスキーというのも、私には何だか壮大な話なのですが、何よりも場違いなのはゲレンデの難易度!
去年は20年ぶりのスキー、いきなりここで滑ったのですが、そのときは70歳の叔母と一緒だったため何とかなったけど、今年は私だけビギナー。なのに斜面は45度?

次から次へと命からがらに滑り降りてはまたリフトに乗せられ、というのをやっているうちに、ここに連れてきた夫と義父に、こんなシチュエーションに陥ってしまった自分にふつふつと怒りが、悲しみが湧いて来て・・・何したと思います?

私、スロープを滑りながら、絶叫したのです。
「I hate this! (何故か英語)」
「むかつく~!!」
「大っきらい!」
「怖いっていってんでしょう」
って。それも泣きながら。

怖いですね~。もし誰か聞いていたら発狂していると思われたと思います。ま、発狂してるんですけど。
それくらい、怖くって、悲しくって。
だって、何が楽しくって、自分でコントロールできない斜面を滑りたいの?私の人生、既にOut of controlなのに、わざわざこんなことしなくちゃいけないの?リスクなんて、チャレンジなんて実生活で充分です!

でも、この絶叫のあと、すごくすっきりしちゃって。
思い出すと結構笑えるし。

いやぁ、良いストレス解放策を知りましたよ。
皆さんにもお勧めです。森田健作風に、浜辺か、屋上か、なるべく迷惑の掛からない場所で雄叫んでみてくださいね~。

帰ったらまた雪山レポートしたいと思います。

Verbierのネットカフェより。
(カフェというより、まるでロンドンのポッシュなパブみたいです。)

Tuesday, February 15, 2011

お天気や

桜満開、初夏の感じすらあったここSFの郊外に雨季が戻ってきた。と、今までのんきに暮らしていたのに突然どん底に突き落とされたかのように憂鬱になった。自分は人生の敗北者なんだと、しきりに反省する。おまけに家計簿なんぞつけちゃったものだからびっくりするくらい落ち込んだ。最近、気がついたが、雨の降る一日前くらいからこういう症状になる。と言うことは、おそらく地震を予知するなまずのように、雨を予知できるのだろう。かわいそうなことに、犬のチャーリーも私に似て同じような、暗い顔つきをしている。二人で見詰め合って、人生を悔いる。ところが、太陽が少しでも顔をみせると、突如陽気に丘なぞ駆け回るので、周りの鈍感人間はさぞかし迷惑だと思う。

恩師逝く

大学時代のゼミの先生の体調がすこぶる悪いとのメールを先週月曜日に先輩からもらい、その週末の3連休は旅行に行く予定だったので、週末を待たずに木曜日に横浜の病院にお見舞いに行った。大学を卒業してからも毎年途切れることなく先生を囲んでOB会をやり先生の話しを聞き随分と幸せな時間を過ごさせてもらった。病室を訪ねると先生は1人で横になり痩せ細って骨だらけになった左腕に抗癌剤の点滴を打ちながら宙を見つめていて、部屋に入った私達に気がついて一瞬先生らしくされたが、その後、「悲しいよ、悲しいよ」と言われた。途切れがちではあるがどうにか会話らしきものをし、時々は先生らしく、「みんな立派な格好してるね」と唐突に言ったかと思うと、次の瞬間、「もうだめだ、声が出ないんだよ、情けない」と自分一人の世界に行く。そしてまた先生らしくなって、「帰り家に寄って行ってよ」と言ったかと思うと、また一人の世界に戻って行って、情けない、情けないと、こんなやり取りを数回繰り返しただろうか。あの時、明らかに先生は色々な世界を行ったり来たりしていたのだと思う。先生に残された時間があまり無いことが明らかな時に、その残り時間を見舞客の相手に使わせていいのかどうか本当にわからなかった。帰り際、さようならの挨拶をする私達に、先生は横になったまま痩せ細った右腕を一度上げて手を振った。その後真っ直ぐにもっと右手を高く上げて声はなかったが私達に挨拶をされた。私は先生が「悲しい」と言ったことが頭に残り旅行中も先生は何が一番悲しいのだろうか、と考えたりしていた。月曜日の夕方、旅行から戻り羽田飛行場で携帯の電源を入れたら先生が週末に亡くなられたとのメールが入っていた。先生に最後の挨拶が出来て本当によかった。先生が悲しかった本当の理由はわからないが、もう先生は悲しむ必要はないと思うと救われる感じがした。

Monday, February 14, 2011

静かな夜

東京で大雪が降った。夕方7時ごろから降り始めて11時ごろには5㎝も降り積もった。しんしんと降る雪の音だけが響き、何もかもが止まってしまったかのような静かな夜だ。
道ばたに残った足跡をベランダから見ていたら、幼い頃を思い出した。新潟にいる伯父夫婦を毎年訪ねていた。年末にはこんな夜の雪道を皆で近くの八幡様に初詣に行っていた。伯父夫婦に子供はなく、私たち兄弟三人(姉と弟)は本当にかわいがられていた。今のように新幹線もない時代、雪が激しく降れば電車は遅れた。ひどいときには4~5時間も遅れるときがあった。しかし、どんなときも伯父は必ず駅の改札にいて、雪の中で手を振って私たちを迎えてくれた。インターネットもない時代、きっと何度も駅に電話をして電車の時間を確認していたのだろうな、と思う。そんな愛情は今でも心の奥底に暖かさを持って残っている。私たちが寝床にはいると、必ず私たちの顔を見に来てくれるやさしい顔を思い出す。感傷にひたる静かな夜でした。

Saturday, February 12, 2011

母のせい

ある程度大人になると、親のせいにできないことが多くなってくるなかで、あえてうちの母のせいにしたいことがある。私は、見かけによらず、料理とかお裁縫が好きだったりする。小学校の時には家庭クラブというお裁縫のクラブに入ったり、料理も興味があった。しかし、うちの母ときたら、「あんた、大人になったら嫌でも料理とか裁縫とかしなきゃならないんだから、やめときな。」と言い放つではないか。じゃ、やめようかなと、昔から柔軟性抜群の少女の私は言う。ほんじゃ、何しようかなあと考えた挙句、柄にもなく生徒会に立候補しようかなあなどとリーダーシップの兆しを見せた頃、うちの母は「あたしゃー、でしゃばる人は嫌いだね。」というではないか!?じゃあ、生徒会もやめよう~と思ったことを思うと、当時の私は相当の良いこさんだった気がする。

何故こんなことをあえて掘り起こすかというと、最近バッグをつくるようになり、とても楽しいからである。金融畑で働いてきた人間にしてみれば、こんなに儲からずに楽しいものはない。近所の布地屋さんでは、もうとっくに顔なじみになってきた。もっと早くに花開いていれば、Kate SpadeとかVera Bradleyになっていたかもしれない。大器晩成を狙い、一応ブランドを立ててみたりする。和みShanti。。。平和と憩いの和みとShantiである。http://www.facebook.com/pages/Nagomi/178796405491243?v=wall

Friday, February 11, 2011

パリの晩餐会

昨夜は、義理の両親のお宅でのディナーに出席してきました。

ご招待いただいたのは彼是3週間前。聞いたときは開口一番に、「えぇーっ、断れないよね?その頃、出張とか入ってないの?」と聞いてしまって、夫の返答も、「僕も、仕事のスケジューリングいじってみたけど、ダメだ、パリにいるよ、その夜は。」と、似たような後ろ向きさでした。ベビーシッターが見つからない、という口実はどうだろう、とか、体調を崩したりしないか、とか、色々模索したけど、妥当な理由が見つからず、昨日が着てしまった・・・。

何故、ここまで行きたくなかったかというと、

①開始時間が遅い。8時半集合、テーブルに着くのは9時過ぎ。終わるのは12時前後、若い人、週末のディナーならもっと遅い。これがパリのディナーの普通の時間割りなのです。
わかっているのですが、チビ猿に振り回されるアラフォーカップルの私達には、辛い!
9時過ぎにはパジャマ姿で転寝しながらYoutubeが一日の終わりのお楽しみなのに、何が嬉しくて、ハイヒール履いて、ジャケット着て、ネクタイ締めているのか。

②堅苦しい!
義理の両親のお宅は、実にエレガントで素敵なのですが、サロンでシャンパンを頂きながら、定期的に薦められるおつまみを、「メルシー」「ノン・メルシー」と笑顔で断り、壁に掛かっている絵などにコメントし、集まった方と談笑するっていうのもね~。何を話すのがその方の興味があるところで、且つ失礼だったり、気を害しないかに気を配りながら、At the same time、ウィットに富んだジョークも混じえて、なんて考えるだけで、脳波が止まるのですよ。

テーブルにつくも、これまたディナーの常識らしいのですが、カップル、家族は引き離された席順になっている。そして合コンよろしく男女隣同士。隣には誰が来るのだろう、可哀相に、私なんかと何話したらいいのか、わからないでしょう、このおじ様方は、といつも気の毒になります。
昨日はまた、隣のムッシューが耳が遠い方で、唯でさえ下手な私のフランス語なのに、意思疎通にくたくたでした。とほほ。

お食事は給仕さんを雇って、古式ゆかしくサービスされるので、日本の嫁みたいに走り回る必要はないのですが、一方で気の使い方も難しく、「ここはお手伝いしてあげたい」と思っても、それがここのしきたりに合わないこともあるので、ぐっと我慢したり。

まぁ、そんな感じなので食欲もなく、飲みたい気分でもないのですが、たとえ、飲んで誤魔化そう、と思ったとしても、女性はサーブされる側、自らワインを頂戴、などとは決して言ってはいけない雰囲気です。
どうです、堅苦しいでしょう?

③堅苦しい其の二、服装編
まだ続きます。
自分の実家でのディナーなのに、出かける前、夫は何回シャツを替えたことでしょう。ネクタイ、何回結びなおしたことでしょう。そして、結婚式以来初めてではないでしょうか、メガネをはずし、コンタクトを着用してます。ドライ・アイで苦手なのに、すごい気合いの入れ方です。「緊張している?」と聞くと、「うん、どうしてかわからないけど、緊張している」ですって。自分の両親に会うのにねぇ。

私はというと、ジーンズだらけの貧しいワードローブの中で国賓向けのスーツを纏い、これまた国賓級の集いでしかつけない指輪をつけ、肩が凝るからあまりしない、カタール真珠のネックレスをして、まるで鎧でかためた武士状態。ヒールの靴、どこにしまったっけ、と探すのも一苦労でした。

どうしてここまで見栄張るか、というと、こうでもしないと、こわいんです。
なにがって、招待客らと「アンシャンテ(はじめまして)」の挨拶をするでしょ、そうするとすかさず女性軍は私の手や、首元や靴、服装をささっと検察するのですよ。その眼球の動きのすばやくも鋭いこと。おぉ~っ、値踏みされている!って、バーコード読み込まれているのってこんな感じ?思わず、「で、いくらですか、私」って聞きたくなるほど露骨なのです。
これはこのタイプの女性の習慣みたいですね。バーコード読み込みあっているの、良く目撃します。

④そして招待客層。
義理の両親のお宅のディナー、毎回何故私達を招くのだろうと思わざる得ないほど年齢層が高いのです。皆さん、とてもお優しい方で、いやな思いなどしたことありません。で、でも、共有するものが、共通の興味が少ないと、会話、大変です。私、というより先方はさぞかしお疲れになっていると思います。
「貴方が長男だから、そういうしきたりなの?」と夫に聞くと、必ずしもそうでもないらしいです。年寄り臭くなるのがいやだから、「若い」息ぶきを、ということなのでしょうか。


そんな夕べを過ごした今朝は、夫も私も大寝坊。今夜はピザか残り物でビールでも飲むぞ~!

Wednesday, February 9, 2011

発信

私の友人が日本企業に関する論文を書いていて、途中だけど読んでみてと言われ30ページほどの出来かけの論文をもらった。この20年間日本の株式市場は1/4になり不動産価格も下落しかつてのJapan as number 1の面影は無い。しかし、こんな中でもしっかり成長してきた優良な日本企業があり、それらの会社が成長を続けてきた要素を分析する内容だ(そうだ。すみません、まだ読んでいません。)私は目も通していないのに、早速、「せっかく書くなら英語版も作ったら?」と勧めている。最大の理由はもちろん、jubiさんと考えている英語学校の生徒になってもらいたいという下心があるからだが、それだけではなく、日本には結構まじめな人がいて、沢山の本や論文を書いている。そういう人達が自分の考えを日本語で書いて日本人向けに出していくだけでなく、共通言語でも書くことによって、日本の外に存在する不特定多数の読者向けに発信して行けばよいと思うからだ。

Tuesday, February 8, 2011

Wow!SFより

なんとまあ、すばらしいことに投稿を頂く人々が増えた!Wowである。

こちらSFは連日初夏のような天候で桜もここ2日で満開。昨日は、肩を骨折し運転のできない友人を乗せて車をすっ飛ばし南下すること小一時間。母校が新築になる。友人はいくら払えば建物に名前をつけられるんだろう?と不思議がる。聞いてみるの8桁の寄付をするといいらしい。学士の学生寮でランチを食べる。ちょっと前まで学生気分だったのに、どう見ても自分の子供にしか見えない大学生らがご飯食べたべ勉強している。昔入学を許可してくれたマリーとランチをするひと時。彼女は偉くなり、有名ビジネススクールの中間管理職向けコースの部の長になった。「どう?」ときくと、昔はいい上司を自負していたけど、もう辛抱ができなくなって、イライラするという。最近の若者の非常識に話題が盛り上がり、お互いに大変ね、と慰めあう。

そして、午後は乳がん嫡出をし、念のため化学治療をする旧クラスメートの友人の治療の付き添いという名目で4人で数時間ペチャクチャ。ディナーの買出しをし、点滴をする彼女とおいしくないねといいながらお寿司をたべる。帰りの車の中では、例の肩を骨折した友人Aと化学治療の友人Bとまるで学生気分でピーチクパーチクである。しまいには、別れ際に「ああ、楽しかった!」とAが言い放ち、一応反省して、「もっと違う場面設定の方がいいかもね」なんてフォローする。そんな私も、次回は口だけでなく手も動かせようと、バッグのプロジェクトと考える。この春はパリのファッションにデビューするので、よろしくお願いする。

http://www.facebook.com/pages/Nagomi/178796405491243?v=wall

Monday, February 7, 2011

50人の勇気

先日、私らしくもなく、「ガン、50人の勇気」という、ヘビーに違いない本を読んでしまいました。普段はハッピーエンドでないと読まない、観ない私なのに。これは「人生の後半に入った症候群」なのかもしれないけれど、残りをどう生きるか、ってことを考えると、終わりを知った人はどう生きたのか、知りたくってついつい読んでしまったのでした。

泣かないように、と思いつつ、これが泣かずにいられるか、っていう言葉がそこらかしこに散りばめられていました。
「(明日地球に終わりがくるとしても)私はりんごの樹を植える」というのは宗教改革のマルティン・ルターの言葉だったといわれていますが、「明日この人生の終わりがくるのでも、私は働き続ける」、ということなのでしょう、皆さん使命感を持って抱えていること、それは仕事だったり、育児だったり、に没頭されます。

話がそれますが、ルターで思い出しました。
その昔、幼馴染のY子は英語が大の苦手でした。
大学一年のときの学期試験、英語のリーディングが見事にチンプンカンプン。なんとか読めたのが、マルティン・ルターという名前。ヤッタ!これなら受験のときに仕込んだ世界史で知ってるわ、と宗教改革について覚えていることをだらだらと書いたと。
But! これにはもちろん落ちがありまして、おなじMartin Lutherでも、Martin Luther King Jr.のことだったらしく、思いっきり再履になったそうです。
一番面白いのは、この彼女がその後国際結婚で英語の生活をしていること。(あんただって、仏語ぎりぎりだったじゃない、っていう声が聞こえそうですが・・・)
いやいや、人生って面白い。

もうひとつ、やっぱりそうなんだ、と思ったのが、最期の言葉は「ありがとう」です。

りんごの樹、そういう姿勢っていいと思います。ありがとうを連発する人生もいいな。
毎日りんごを植え続ける、そういうヒトにワタシもなりたい。(ならねば!)

Saturday, February 5, 2011

東京で映画館閉館相次ぐ

23年間営業を続けてきた「渋谷ピカデリー」が2009年1月に、渋谷・スペイン坂の映画館「シネマライズ」地下1階スクリーンと地下2階の併設館「ライズX(エックス)」が同6月に閉館。さらに、「シネマアンジェリカ」(道玄坂1)が昨年11月に、円山町「渋谷シアターTSUTAYA」が昨年9月に閉館、シネセゾンも今月27日に閉館、ミニシアターブームをけん引してきた「恵比寿ガーデンシネマ」(恵比寿4)も休館する。映画の町渋谷は今は昔。この頃はもっと安いお金でDVDで手軽に見られるから流行らないのかもしれない。学生時代映画といえばデートの定番だった。よくシネマライズには行った記憶がある。今はそんなに沢山映画を見る機会もないけれど、映画館が無くなるのは何となく町の文化度が下がる感じがしていい気がしない。ところで、シネマライズのライズは、サンライズとかの横文字のライズだろうと思いこんでいた。先週、友人と食事をしながら、この話をしたら、「あの映画館のオーナーと同じ高校に行っててさー、名字は頼って書いて、ライって読む中国人なんだよね」と教えられた。何だそうだったのか。シネマライズはライさん家の映画館ってことだったのだ。どういうわけか、ちょっとがっかりした。

続きまして、はじめまして

はじめまして、Hことnemophila と申します。
地球をつまみ食いする会のみなさまにお会いできて光栄です。
地球の各地でさまざまなことを感じて、それを共有できるなんて本当にすてきです。
私も主婦です。
今、レイキというハンドヒーリングを家族や知人に伝授し始めています。
見えない宇宙の波動を、身体の不調(波動の低いところ)に同調させて体調を良くしていくというものです。
UFOや不思議なこと大好きですので、そういう話を放り込んでいくかも知れませんのでどうぞよろしく。

Thursday, February 3, 2011

はじめまして

投稿へのお誘いありがとうございました。現在シンガポール在住で、今年で7年目にはいります。10年以上専業主婦をしているので、皆さんのように時代にそった意見や経験はありませんが、人生も後半にはいり私なりに日々考えていることは沢山あります。20代、30代の頃は”人生を分かった”つもりであちこちで”語って”いましたが、40歳を過ぎた頃から”語る”ことの無意味さを感じ、ここのところ静かで平穏な毎日を送っていましたが、ブログに参加することで少しずつ本当に”分かった”ことを書ければと思っています。よろしく。

こんにちは

はじめまして、Koguです。
Soraさんのご紹介で、こちらのブログにおじゃまさせて頂きました。
Soraさんとは先週、カフェウガンダで初めてお会いしたのですが、ものすごくおもしろい女性、夢は植民地を監督することって・・・と目から鱗が落ち、人見知りのはずがついつい食いついて、ブログまで教えて頂いたのでした。こちらの方々も皆さん、圧倒的なプラスのパワーに満ちていて、まぶしいほどです。

ROMするだけのつもりだったのですが、せっかくご招待いただいたので、簡単に自己紹介を。
私はSoraさんにウガンダカフェを教えてくれたHさんの教え子のルームメイトです。東京の早稲田在住で、来週28歳になります。
2年ほど前から、新聞社で記事翻訳(英語→日本語)のお仕事をしています。趣味は刺繍や絵を描くこと。左脳を使ってばかりなので、今年はデザインなど右脳側のことも始める予定です。性格はおっとりマイペース。
どうぞよろしくお願いします。

Wednesday, February 2, 2011

ソファンの話

私にはカンボジアに友人がいる。名前はソファン。年齢は私より幾つか年上だ。彼はポルポト時代に、自分以外の家族を目の前で虐殺されるという不幸を経験した。お父さんは空軍のパイロット、お兄さんは5ヶ国語が話す秀才だった。平和が戻ってからソファンもロシアへ留学しテクノロジーを学び、その後香港で英語を学び、帰国後はカンボジアの警察官になり45歳で警察をやめ、今はカンボジアの上院議員でガスのビジネスもやっている有力者に雇われ、フィクサーになっている。こんな運命を生き抜いた彼は強運の持ち主だ。警察時代、韓国のお金持ちがプノンペンで韓国人のマフィアに誘拐されるという事件が起きた。ソファンはたまたまその韓国人の知り合いで、奥さんから旦那を探して欲しいと頼まれたので、すぐにプノンペン市内の電話を逆探知し、主要道路を封鎖して無事に救出したらしいのだが、そのお礼にとプノンペン市内に部屋が6つもある豪邸をプレゼントされ現在そこに住んでいる。「公務員がいいのかよ、貰って」と思うのだが隠してないところをみるとOKのようだ。先月カンボジアに行った時も、ホテル、車、現地語の通訳など色んなことを助けてくれたし、それ以前の旅では、スピード違反で捕まったり、道すがら賄賂を要求されると、なんだかわからない言葉を駆使してトラブルを解決してくた。こんな感じの人だから、多くの外国人からも頼りにされている。ビジネスも忘れない。私にも不動産の共同投資をしようとか、ペッパーを育てよう、とか、マイクロファイナンスを立ち上げようとか、色んなことを言ってくるが、最後に、そんなにお金儲けしなくてもいいかもね?と言ってまた笑ったりしている。ソファンは服装についても気を遣う。暑い国なのにカンボジアの制服のような半袖のスーツを良く着ており、いつもアイロンがキチンとかけてあって皺ひとつ、汚れ一つない。ポロシャツの時ですら皺などない。立派なのだ。皆さんもカンボジアに行かれる時があれば言ってください。ソファンを紹介しますから!人と知り合うのは神様のくれたギフトだというのが彼の説だから、きっと良くしてくれること間違いなしです。

夢は枯野を駆け巡る

これは、松尾芭蕉が詠んだ俳句。
学校で習ったときは何の印象も残さなかったのですが、その後二十年近く経ったビジネススクールで出会ったストラテジーの人気教授、Chan Kimが、同じようなことを仰ったので驚いたことがあります。芭蕉の歌など知らない人です。「もし、死の枕元で、夢を両腕一杯抱えたままで目を閉じることができたら本望だ」って。

何故、こんな俳句なんて思い出したのだろう、自分の意識の糸を辿っていくと、すみません、芭蕉からかなり遠のきます。

まず、今朝の日本のニュースに、「桑田佳祐、CD視聴会ライブにサプライズ演奏」というのを見つけました。桑田さんのラジオなどを聴いていても、ライブしたい、歌、歌いたい、新しい楽曲を皆に聴かせたい」という思いを強く感じます。死ぬかもしれなかったのが、こうして生きている、またいつ死ぬかわからない。そういう心境の中でしたいこと、桑田さんの場合は歌を歌いたい、ってことなのではないか、と思いました。

ふと思ったのは、先日のSoraさんのブルーノート・ナイトの書き込み。年老いた外国のミュージック・マン達が日本で興行しているのって、お金目的なのかなぁ、と思っていましたが、もしかしたら、それよりも、自分達の演奏を喜んで聞いてくれる人達の前で、パフォーマンスしたい、できる間にしておきたい、ってことなのかも、って。

そして、若くして亡くなった友人らのことを想いました。先日も、やはりビジネス・スクール時代の知人の訃報が届きました。健康そのものでスポーツマンだったあの彼が亡くなるなって、信じられない。いつも、明るく、希望に満ち満ちていた人なのに。どんな気持ちで目を閉じたのだろう。

で、わたし。死ぬ前にやっておきたいことって何だろうって思ったのですよ。

どこで死にたいか、と考えれば、今のパリのアパルトマンがいいな。もっと風光明媚な所も知っているし、日本への郷愁も持っているけれど、別にこだわりはありません。このアパートはごくごく普通のアパートだけど、ここの日差しの入り方や風通しが大好きなのだ、と気付きました。
やっておきたいこと・・・。歌うたいだったら歌を歌いたいでしょう。俳優だったら最後までステージに上がりたいのではないだろうか。作家なら最後の時までペンを持ちたいのでは。わたしは何かな。漠然とは見えているけど、もっと具体的には何だろう。

そんな今朝の連想でした。芭蕉、実際にはこの歌を詠んだあとに少しの間元気になって旅を続けたらしいです。

Tuesday, February 1, 2011

東風吹かば。。。

如月というのに梅どころか、桜が咲き出した、わが村では。そしてこの10日ほど、港にかもめとアシカがびっくりするくらい群がる。ヒッチコックのBirdsみたいで怖いなあ~などと能天気に考えながら過ごしていたが、聞いてみると、なんとニシンが卵を産みにきているらしい。そこへ、ニシン狙いでかもめとアシカがきているという。近所のおばちゃんいわく、日本から数の子を取りに漁師も船でくるという。本当かな?と疑問だけど、丘をチャーリーを散歩すると、アシカのArf, Arfという会話が面白い。みんな忙しい村の女性たちに「散歩行くよ!いく?」とメールをし、図書館発で1時間近所を歩いて昨日もチューリップのつぼみや、水仙の花がほころびているのを発見。天国に来た気分になる。パリやニューヨークで凍死寸前の生活をしている人々を横目にいち早く春なのだ。今日もプールで30分泳ぎ、サングラスかけて家に戻る。この生活はやめられないと実感する。
明日は友人のお母様の着物を頂戴しにいく。和みシャンティー=ダブル平和なのである。日本の美を世界に気軽に知ってもらうのである。アメリカにいながら和なのだ。

何だかエキサイティング!

パリは現在大寒波に襲われ中。週末から今日火曜まで、ベランダの温度計は0℃付近から動きません。
こうなると出不精に拍車がかかり、一日中PCの前に座ったままです。

でも、楽しい!
最近はリサーチなどのお仕事が増え(ありがとう、Akihikoさん!)、色々ネットで異業種のことを調べていますが、これが楽しいです。若い頃だったらこんなに面白いって思えなかったかもしれないけど、今は楽しい。レポートにするにも、言葉選びしながら書くという作業が脳みそをかき回している感じがして快感だったりします。

そして、Jubiさんの起業の動きも興味津々。NagomiShantiのバッグ,素敵です。私も早く一つ入手して地味なグレーのコートに合わせたり、ジーンズに合わせたりしたい。和のものって色々遊べますよね。古い着物、たんすの中で一生を終えそうな着物を再利用するというのも、すごくいい。Sustainable Clothingとは良く言ったものです。古いもの、大切に使ってあげたいって、きっと誰もが思っているのではないでしょうか。

そうそう、MyWuppa,www.mywuppa.com もお忘れなく!この寒波のパリで、夜寝る前にレンジでチンして温めたワパ、ラベンダーのかぐわしい匂いが私を深い眠りにいざないます。不眠症傾向の夫も最近、良く寝ているのはワパ効果?

そ・し・て!何やら新しいお仲間が加わってくださったそうではありませんか!GlobeNibblersも、だんだん、本格的にグローバルになってきたようで。 楽しみです!

えー、最後に恐縮ですが、私のソーシャルネットワーク・サイト、エトランゼもお忘れなく!最近は、パリでケータリングを起業された方や、東京発、ファッション界の重鎮のあの方なども、書き込んでくださっていますよ~。サブタイトルは「40代からのソーシャルネットワーク」。もちろん、引き続きお若い方も大歓迎です。でもちょっと大人というか、Facebookではない、Mixiのノリとも違う、もっとシックでゆったりとした空間を目指しています。歌い文句は、「ストレス・フリー・ゾーン」。肩の荷を降ろして、ふーっとしたときに、コーヒー片手に、ワイン飲みながらクリックして見てください。入り口は左上のバナーです。