Thursday, June 30, 2011

Japan Expo ジャパンエキスポ、その①

ジャパン・エキスポってご存知ですか?パリで開催される、日本見本市なのですが、実際のところは漫画・ゲームなどのサブカルチャーが中心です。今年で12回目、毎年フランス人のコスプレぶりが話題なるので、どれ一つ、野次馬根性で観に行ってきました。

会場はシャルル・ド・ゴール国際空港の直ぐ近く。日本でいう幕張メッセみたいなものでしょうか。
朝、郊外電車に乗るため、サンジェルマン近くの駅に行くと、いるいる!ゴスロリ(ゴシック・ロリータ)から、スーパーマリオ、そして何故か鎧を着た侍さんまで。普段はガラの悪さで有名なRERのB線も何だかハロウィーン状態です。
今日は木曜日ということで、ジャパンエキスポならではのイベント(去年はモーニング娘、あれ、それともAKB48だったけな?ともかく、どちらかが来てコンサートをしたとか)も少なそうですし、空いているかな、と思ったのですが、いやいや凄い人ですよ。ゾロゾロ会場に吸い込まれていく。何しろ昨年は18万2千人が来場したとか。これって、西武球場に直したら6杯分です。東京ドームだったら3.5杯。すごくないですか?

で、中に入ると、うっわぁって感じです。セガ、任天堂、ドラゴンボール、おっ、LaQもある!そしてその先は私には判らない世界ですが、漫画、アニメ、コスプレ、戦闘関係etc.20代が中心でしょうか。東洋人も多いけれど、圧倒的に白人です。ちなみに今年は「キャンディ・キャンディ」の作家、いがらしゆみさんがゲストとしていらっしゃるそうです。今やアラフォーの義理の妹達も子供の頃は、「キャンディ」という名でこのアニメに親しんでいたというし、日本のアニメはフランスに根を降ろしているようです。

それにしても、ジャパン・エキスポ、皆がとても楽しそうで、オタク、いいないいな、と思ってしまう。だって、皆本当にアニメやゲームが好きで好きでしょうがなくって来たんですものね。

昨年日本で秋葉に次ぐオタクの聖地、中野ブロードウェーを見学したときにも感じましたが、オタクの世界って、居心地いいんですよ。それはきっと、オタクなりの、いや、ならではのポジティブな「気」が一杯発せられていて、現実社会にては、充満しがちな妬み、嫉みとかっていうネガティブ・パワーみたいなものが浮上してこない。
「僕、このフィギュアが好き、このキャラクターが好き、あぁ、幸せ」みたいな。

もっと詳しいレポートがビズー・ジャポンという日仏バイリンガルのコミュニティー誌や、ピーチジュニアという、大ブレーク・オタクビジネスの先駆け社長のブログなどにアップされると思いますので、またそのときにリンク貼らせて戴きます。
というのも私のデジカメは今朝、ついに死んでしまったのです。折角可愛いコスプレのお姉さん達が沢山いたのに本当に残念です。

ということで、いやはや、「ジャパンエキスポはすごかった」の巻でした。

Wednesday, June 29, 2011

たまちゃん

中学時代に通った塾の友人とフェースブックのおかげで再会した。たまちゃんと私は上智大学の比較文化学部の市谷キャンパスでであい、運良く高校も同じところに合格した。クラスが違うこともあり、音信が途絶えたけれども、未だに市谷キャンパスというとたまちゃんを思い出す。彼女にどうやって子育てとキャリアを両立させたのかと聞かれた。

Mama Miaでメリル・ストリープ演じる母親がいうように、"I had no choice"というのが正直な答え。若くして母親になり、離婚・親権係争をしながら、大学院をLazyさんからの借金で卒業させてもらい、5日後には次男、そしてようやく就職した証券会社勤務開始一ヶ月もしないうちに長女を産み、本当に必死でキャリアを積んできた。ほとんどいい加減な父親のアドバイスで的確だったのは、前夫をみて、『こんなやつでいいのか?』ときかれたのと、『女性でも自立しないといけない』と言われたこと。ビジネス・スクールを出て10年間NYの証券界でそこそこの出世を果たしたが、空虚感と9・11後遺症に燃え尽き、西海岸に移り住んだ。そして試行錯誤した後の今は、何社か顧客に抱えるCFOになったが、未だに夢達成途上である。

そんな中、長男は日本で医学部に進学し、次男と長女は高校生、次女と三男は中学生になり、あまり母親を必要としなくなった。こんな時、両立に悩みながらも仕事を続けたことが正解だったと、自分では思う。ヘリコプターMOMと言うことわざが最近できた。子供がけがしないように、傷つかないように、失敗しないようにと常に子供の付近を旋回するお母さんたちをさすが、こんな報われない役はないと思う。思春期ともなると、親がうるさいと思うのが人間の常で、嫌がられながらも旋回し続ける必要性を感じない自分が嬉しい。キャンプやら留学を楽しむ子供たちは、必要な時に頼れる親がいることをわかってくれればいいと思う。それ以外は、親と言えども、他に楽しみや挑戦があるのが健全な気がする。

たまちゃんに尋ねられてのがきっかけで考えたことを書いてみたが、行動と考えは一致していなくて、一日の行動をみると、雑用におわれ、ほこりのブラウン運動のようなことをしているのが実情です。

Tuesday, June 28, 2011

記憶の波

昨日は、何ヶ月に一回訪れる、「無性に楽器が弾きたくなる」日でした。

ちょうどピアノの蓋が開けっ放しになっていたので、適当にピックアップした楽譜「ブルグミュラー」(わかりますか、私のレベル)を何曲か弾いてみる。音楽って面白いですね、「あ、このメロディ覚えてる」「あったあった、こんな曲」ってずっと忘れていた子供の頃の記憶が戻ってきます。指は面白いように動きます。脳より指が覚えている。あんなにサボってばかりいたピアノなのに。(安藤先生、お元気でしょうか~。ピアノのレッスンよりも貴女の美しい横顔ばかり覚えてます。)

中でも、アラベスクを引いたとき。
ピアノやってた方なら覚えてらっしゃるでしょうか、アラベスク。右手がラシドシラ、ラシドレミッ、っていうあれです。左手の和音がラドミで、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ってやるのが、時折、ラレファになったりする。そのパターンを繰り返すのですが、あるとき、ラレミになるところがあるんです。そこで引っかかった。
そのとき、「あぁ、子供の頃も、この不協和音がすごく嫌いだった、で、いつもここで詰まっていた!」って鮮明に思い出したのです。ひいてはその音符の配列まで目に浮かぶように思い出しました。ラレミのレとミがぶつかるからずれてくっついているんですよね、それが子供心に「美しくない」って思ったことなども。
この衝撃。
思い出が、記憶が大波となって心臓を覆ってくような息苦しさです。

近年時々、こういうのがあります。これが歳をとるってことなのでしょうか。むせ返しそうになるほど、ノスタルジックになってしまう。だとしたら、年取るのって悪くないな、と思います。単なる記憶も愛しくなってくる。

そんな今日のオマケは「遠い街角」By 桑田さん

音楽っていいないいな。

Sunday, June 26, 2011

睡眠導入剤

昨日は友人がお昼から遊びに来たのだが、来るなりいきなり、睡眠障害がひどくなって困っているという。私も若い頃から眠りにつくのが不得意で、眠るまでの時間が長く、ひどい時は朝を迎えてしまったりして、あまり睡眠は得意ではない。こんな時には大抵の場合、悪いシナリオやら、人間は何のために生きるのか・・・とか、その手の質問が頭をぐるぐる駆け回ったりして、ロクなことがない。その友達は、寝るのはすぐ眠れるけれど、3時とか4時に目が覚めてしまって、それ以降は眠いのに眠れず、日中は働かなきゃいけないから睡眠時間が3-4時間しか取れなくて、朝方から憂鬱で身体が疲れるというのだ。私は、随分前から睡眠導入剤(眠剤というのが通)を医者に処方してもらっていて、
今日は眠れそうにないと思った日には、さっさと薬をのみ、ギリギリまで起きていて、これ以上もう一瞬たりとも起きていられない、という時に急いで横になり気絶するように眠る、という感じの寝方をしている。このスタイルも慣れると気持ちがいいものである。その友人にも以前から、眠導の利用を勧めているのだが、日本では1回の通院で2週間分しかくれない。その上、眠れない原因として、最近仕事やプライベートで変化がなかったかとか、とか、寝る2時間前にはPCを触るな、とか、どうしようもない質問と、守れないルールばかりを押しつけられ、たかが眠剤をもらうだけで、うんざりだと言う。私が通う近所のM医院は、その点は素晴らしく、プライバシーに立ち入らず、個人的な質問を一切せずに30日分をさっさと処方してくれる。アジアの国に行く時にも、まだ何にも病気になっていないのに、抗生物質(抗生剤というのが通)を気前よく処方し、実際に病状が現れなくても、リスクを感じたら事前に飲んで構わないと、心強い処方をしてくれるのだ。だから、一般的にはいけない医者だと言われるかも知れないが、本当の所、困ったらこの先生に頼むしかない、と思える頼りがいのある先生なのだ。この話をしたら、友人が絶対にその医者に行きたいというので、ランチにでかけるついでに、M医院に寄った。診察室に滞在した時間はおよそ30秒、ちゃんと30日分もらったよ!とニコニコ顔で診察室から出てきた。薬の使い方には慎重であるべきだが、薬を飲むことで、不自然ではあるけれど、突然襲ってきた睡魔によって、気絶するかのように眠ってしまう眠剤のおかげで、睡眠障害者は生活の質は大いに向上されているのである。

Saturday, June 25, 2011

デート

もうすぐ12歳になる息子にガールフレンドができた。そのいきさつには粘り強さが感じられ将来の展望は大変よろしい。数ヶ月前に息子はその女の子に付き合いを求めたらしいが、その折には、連続3人の男の子とお付き合いし、利用されるのは辟易なので少し男の子と付き合うのをやめようと思うと断られたらしい。その日はなんとなくがっかりと肩を落として家に戻ってきた。ところが、数ヶ月粘った甲斐あって、今では相思相愛らしい。今までは3日間下手すると同じ服を昼夜問わず着続け、お風呂にも入ったとうそをついて入らなかった息子が、服が足りないので買いに行きたいといって、リストまで作っているので、今日は街に出かけてみた。SFの中心街にあるOld Navyは近所のお店とは比べ物にならないほど大きく、周りはやや怪しげな界隈であり、しかも今日はSFの有名なゲイ・パレードの日ということもあり、特徴の強い人々が行きかう。エスカレーターに乗りながら、息子と『街だね。とんだ田舎者になってしまったね。』と意気投合。そして行き着いた子供服売り場では、チェックのシャツを探す。最近チェック柄のシャツに惹かれるんだよね、なぜかといいながら、一生懸命探す。帰りにバイオリンのレッスンを済ませた次男を拾い、韓国料理を食べに行く車中、例のガールフレンドがチェック柄が好きだといったからマキシームは必死なのだと、兄にばらされた。そして、彼女のファミリーと映画&ディナーに誘われたというので、車の中で新しいチェック柄のシャツとジーンズに着替え、キムチ臭さを消すためにガムを噛み出かけていった。ああ、かわいい。からかう兄に、『君なんて未だにFacebookにシングルというステータスじゃないか?』と反撃していた。面白い。

Tuesday, June 21, 2011

可愛い子には旅させよ その2

昨日は、Jubiさんの次女カミユちゃんがアメリカからパリにホームスティしに来たのを迎えに、空港まで行ってきました。
シャルル・ド・ゴール空港、フランスではロワシーと呼ばれる、久しぶりです。

パリ市内からロワシーに向かうには、車、タクシー、バス、リムジンバス、郊外電車など、手段はいろいろ。昨日は電車が一部ストだったので、路はラッシュアワーの首都高並みの渋滞です。スト部分を避けながらちょっと遠回りして電車で迎えに行きました。乗車駅はGare du Nord、北駅です。

「北駅」って、漢字で書くと何だかノスタルジックではありませんか?「あぁ、旅!」って。
(実際にはパリでも有数のガラの悪いエリアなんですよ~。来るときはスリに気をつけてくださいね。)
ここに来るのも久しぶり。ロンドンにいた頃、パリにいる現夫に会いにユーロスター、何回乗ったことか。その発着がこの北駅でした。

空港に向かう電車を待つ間、無数にあるホームから遠距離電車が行ったり来たり。それを見ていたら旅に出たくなりました。
また、パリ市内では見ない様な電車達に、子猿達がいたら狂喜するだろうな、とも思ったり。

そこでふと。
男の子があんなに乗り物狂いなのって、実は、旅立ちDNAがあるのかなって。生まれたときから、いつか旅に出るんだ、って知っている。乗り物を見ると、その旅情が駆り立てられる・・・・。

こじつけでしょうか。

13才で単身フランスに行きたい、と思って実現したカミユちゃんのように、冒険心、自立心豊かなティーンに育って欲しい。世界を泳いで欲しい。感動と発見の人生を送って欲しい。
頑張れ子供達!!

おまけ♪ 桑田ケイスケ 明日へのマーチ♪

地元カラー

我が家は、サンフランシスコ湾に面していて、窓からは無人島のエンジェルアイランドがボンと目前に座っている。今夜は一年で最も日の長いこともあり、ボートやヨットがごまんと湾いうかんでいる。のどかの風景とは裏腹に、湾の流れはものすごく強くしかも入り乱れており、熟練者でも大変という。今夜は沿岸警備隊と海兵隊のヘリコプターと船がしきりに探索を続けている。恐らくは遭難事件。無事見つかるといい。

今朝は、もしやと思い、外のゴミ箱の蓋をそっと開けてみた所、スカンクが底で居眠りしているでないか!ちょうど一年ほど前も同じ事件があり、末っ子と隣に住むスザンヌさんと三人で対策本部を結成し、無事事態を収集した。今朝は頼みの綱のスザンヌ抜きで心細い限りではあったが意を決っしてゴミ箱を息子とそっと横に倒した。。。。つもりが、バランスを崩しゴロンガチャンと転げ、慌てたスカンクは恐ろしい悪臭を発散して尻尾を高く威嚇させながら去って行った。残され親子はウーーーとうめきながら屋内に逃げて行った。

Monday, June 20, 2011

可愛い子には旅をさせよ

我が子らは旅三昧である。次男はカリフォルニアの果てであるフンボルト郡でチェンバー ミュージック合宿を体験してきた。往復10時間の送迎は大変だった。かと思うと、その翌日一つ年下の妹は、3週間の文学合宿で地元スタンフォードへ。そして今日はそのしたの妹が、なんと半年のフランス生活。しかもlazy さんのおうちに居候をする。うちはまるで、民宿経営のようだ。子供らが出たり入ったりである。8月には長男が夏休みで東京からくる予定、そして次男も、科学合宿にスタンフォードへ。残るは末っ子と我々親と犬のみである。末っ子もゲームを作るプログラム合宿に興味があるらしい。いいな〜、可愛い子に旅というが、そのうち可愛くない親にも旅、欲しい。

大人の顔

40過ぎた最近、もう若く見られなくていい、それより歳相応に見られたい、と思うようになりました。
歳相応とは、「アラフォーおばさん」ではなく、「大人の女」ということ。

日本人って、海外では若く見られ勝ちです。一方で、いつまでも精々30代にしか見えない、若いわぁ、と思っていた人が、ある日、ある瞬間に「おばちゃん、おばあちゃん」に見えるときがあるのも残酷な事実(←私です)。若い、幼い顔が大人を飛び越して、おばちゃんになっちゃう、色気もない、女でもない、中性的は存在になってしまう。

こんなことを思ったのも、先日見たマダム・フィガロの、アラフィー+女優さんたちの写真のせいです。何かの特集で、ジョディ・フォスターが格好良く、シャーロット・ランプリングがめちゃくちゃ貫禄+色気あり、多分もう七十以上のジェーン・フォンダが健康で輝いているポートレートでした。元々同じ土俵にいませんが、完敗です。

苦労も幸せも、失敗も成功も、不安も自信も、欲望も知性をも瞳の奥に潜めている。
「この人のこと、もっと知りたい」と思わせるような大人の女の顔ではありませんか。

そうなるには、必死に勇敢に毎日を生きることのような気がします。疑いながらも前に進む。そういうことでしょうか。

お化粧も、隠すためのものではなく、健康でいるためのものでいいじゃないか。多少日焼けしてしまっても、しみが出来てもいいじゃないか。(いつかまとめてレーザーで取れば良いし!)ファッションも、自分ガ好きで、自分を体現している格好をする。時代遅れでもいい。

・・・なんて、こう書いていると、完全におばさんの開き直りにしか聞こえませんね。
色気より食い気だし、華麗なるマダムというよりは、家政婦さん状態だし。あぁ、道は遠し。
でも姿勢正して頑張ろうかと思います。

皆さん、良い一週間を!

Sunday, June 19, 2011

東京法務局

この数カ月、諸用が重なって千代田区の九段にある東京法務局へ行く機会が多い。法務局はご存知の通り、土地の権利の移動があったり、会社を設立したり組織の変更が合った時に登記という形で、公的に変動状態を記録する役所である。言うまでもなく、この登記を行うことで、誰もが自由に不動産や会社の権利の変動を公的に記録することができ、また、知らない相手と取引をする場合にも、法務局に行って登記を確認すれば、不動産の権利者が誰かとか、会社の代表権を持つのは誰かなどを知ることができ、結局のところ国民の取引の安全を登記制度という仕組みで担保してくれている大切な役所である。東京法務局というのは法務局の中でも最大で、管轄地域の中に千代田区や中央区など日本の多くの会社が集まる区を含んでいるので、とても賑わっている。私はこの東京法務局が気に行っている。役所なのに、職員の1人1人がきびきびと働いていて、相談ブースでは整理券を発行して順番に、株主総会の議事録の書き方から登記申請書の書き方まで事細かに教えてくれる上に、何しろ「お客様の場合は・・」と質問者をお客様と読んでくれるのである。震災から100日経ち、放射能の問題はまだまだ深刻な状態に変わりない日本であり、局所的に機能不全に陥っていることは事実であるが、日本の政治の中心であり商業の中心でもある東京のド真ん中の役所が、多くの客を手際よくさばいて賑わっている様子を見ると、何とも安心するのである。3月の震災時には全ての機能がほぼ停止しまった東京を経験したせであろうか。多くの商取引を担保するための役所がきちんと機能しているという当たり前の事実をこの目で確認すると、安堵するのである。こういう気持ちは震災以前に抱くことはなかった。震災は様々な日常のありふれた出来事を違った視点で見るということを教えてくれている。

Saturday, June 18, 2011

パリの私立校、公立校

6月の中旬となると、パリでは学期末の発表会が目白押しとなります。9月開始の6月末終わりが一年のサイクルで、こちらでは終業式の代わりにKermesseと呼ばれる、学芸会と文化祭の混ざったようなお祭りが催されるのです。

今日土曜日のパリはミニ台風と台風一過が一日の何回も繰り返すような疲れる天気でした。
Kermesse10時開始。
まず1時間半ほど発表会で、雨がぱらつく校庭につくった即席ステージで子供たちは踊り、親は半分くらいは席を見つけ、残りは立ったまま観覧する。去年と同じです。
毎回何が情けないかといえば、親同士の喧嘩。前方の親が身勝手に立てば、後方の親が「見えないぞ」と怒鳴る。「うちの子なの」と微笑み返す強烈マダムもいるし、「煩い」と怒鳴り返す人もいる。笑えたのは、「ズームがついてるだろっ」、「使い方わかんないのよっ!」というの。

この幼稚園は小学校と併設された公立です。割かし品の良いエリアと呼ばれているこの地区ですが、当園はかなりメルティング・ポット。白人は1/3~1/4位でしょうか、貧富の差も色々と見受けます。
校舎は東京の小さめの公立校とあまり変わらないこざっぱりした鉄筋ビル。幼稚園は一クラス25人くらい。8時半から16時半なで預かる割には習うことが少ない気がしないでもないけれど、でも事故もなく、先生にも当たり、子猿達も嫌がることなく登園したので、私と夫は十分満足しています。
この発表会のあと、PTA持ち寄りの食べ物のビュッフェがあったのですが、あまりの人手と喧騒に諦めて、その足で、近くの私立校のKermesseを訪れました。

9月から、子猿達はこの私立校に入学するのです。兄猿が小学校に入るので、教育面で評判高いこの学校を試すことにした次第です。フランスの私立校の多くは、政府から補助金を貰っているので、英米に比べると控えめな授業料。大体一年当たり1000ユーロ前後でしょうか。なので、日本のように、私立=ハイソ、リッチという感はない。お受験などはなく、セレクションもない。高校などは、公立の方が学力高い、これがフランス私立校事情と聞いていました。

それでも、この私立の校舎は昔のロシア貴族の館だったとかで、もう庶民の私から見るとお城ですよ。その扉からモーツァルトがヤギのようなヘアスタイルにタイツ姿で出てきても可笑しくない、そんな雰囲気なのです。今回初めて校舎を隈なく観たのですが、圧巻です。公立校とは雲泥の差。

また、以前見学に来たときは、公立校と似たような人種・装いじゃん、何て思ってましたが、今日改めて見ると、白人ばかりで小奇麗。午前中の親同士の喧騒と比べると、何ともハイソな感じです。こちらのブッフェもPTAがオーガナイズしたようですが、違う!公立校は、ただ机並べて、チップス(私提供)、何かスプレッドを塗っただけのサンドイッチ、コーラ。アトラクションもたらいに水張って、ゴムの鴨を釣る程度でしたが、こちらはBBQありの、アトラクションもBouncing Castle(ビニール製の巨大な滑り台)ありので、金かかってます。
やはり、公立と私立、何かが違うような気がしてきました。
BOBO(ボヘミアン・ブルジョワ、左寄りの因習を笑うタイプの階層)とブルジョワ(上流階級意識を持つ階層)が個人レベルで話するとあまり思想に変わりはないのに、団体としてみると違うものとして存在しているのと同様に、公立組と私立組ではまとめて比較すると「何か」が違う。
あぁ、9月からのPTA、大変でないといいな、子猿達にとって良い環境であるといいな。

そんな今夜、我が家のおかずは餃子でした。
子猿達は餃子を作るのを観るのが好きで、今日も、台所で三人並んでの作成。兄猿は餃子の皮を私に渡す役、ちび猿は、私が作ったのをお皿に乗せる役。自分も子供の頃、餃子のお手伝いしたのを思い出します。計60個は作りました。
食卓では、「餃子のときはご飯いらない。沢山食べたいから。」「美味しいね。また作ろうね」と言いながら、二人とも父親より沢山食べる。

こんな素朴で庶民的な生活とあのパレスのような学校がだぶらないんだけど、こうやって、彼らなりの「ミックス」を作って育つのでしょうか。
私の知らない文化圏に突入する彼ら、どんどんママを置いてけぼりにして頑張ってね。

Friday, June 17, 2011

ドラマ

今週は、二冊ほど凄い人間ドラマ本を読みました。

一冊目は、ノンフィクション本、「私が誘拐犯になるまで」
オーストラリアで現地の人と国際結婚した若い日本人女性が、結婚の破綻、そして泥沼の離婚訴訟、親権問題、ハーグ条約について、異常な元夫の執着etc.,を激情走った文体で書き綴った手記です。人気ブログが本として出版された、ということで、決して文学的ではなく、また、好きな本でもない。読なくてもよい本ではなかったのだと思う。
でも読んでしまった。そして、読んだその夜はアドレナリンが沈まず、眠れませんでした。とにかく凄いドラマです。

唯でさえ、訴訟マニアの狂人と結婚して、子供を作ってしまった悲劇が、海外における国際結婚という複雑味が加わって、悲惨なのです。最終的にはタイトルどおり、この方、豪州においては誘拐犯としてWantedらしいです。
それでもへこたれない強さがアッパレ。離婚に悩んでいたり、配偶者からのモラルハラスメント、DVなどで動けないでいる人などは、これを読んだら、私もできるかしら、って勇気がでるかも。

「ハーグ条約」、日本に住む方には馴染みがない言葉かもしれません。
これは海外在住邦人には、「いざとなったら子連れで日本に逃げ帰る」式駆け込み離婚に関する条約、と認識されている国際協定です。今までは日本がこれに加盟していなかったので、この駆け込み離婚も何とかなる、と見られていましたが、このところ、日本が当条約に加盟するという方向で準備が進んでいるので、これからは駆け込み離婚したら日本でも誘拐犯扱いされるのかもしれません。。筆者はこの条約が、大人の親としての権利を守るためのもので、子供の幸せ、人権を考えていないところがある、という意見のようです。豪州の親権についても同様の意見。
私の周りには外国人パパ、日本人ママによる日仏家族が多く、「『ある日帰ると、家が空っぽ、置き手紙でお別れ』っていうのは辞めてくれよな」、なんて引きつった顔で笑っているお父さんがいたりします。大概、奥さんは、クールな顔で旦那を見つめているだけ。大和撫子、ポーカーフェイスの微笑みがちょっと恐かったりします。

もう一冊は、思いっきりフィクション。最近凝っている向田邦子の「阿修羅のごとく」でTVドラマのシナリオ本です。
これが滅茶苦茶面白かった。唯々素晴らしいです。上の本とは全く違い、どちらかといえば、こちらTVドラマの方が現実話より穏やかで、本当、事実は小説より奇なり。国際もハーグも狂人も出てこないし、普通のどっかの街中の、そこら辺のオジサン・オバサンの話です。
でもドラマ性だったら負けていない、そう思わされる筆力、構成の素晴らしさ。

中年の4人姉妹、一見、平和で平凡にそれぞれの生活を送っているのが、少しずつ、静かに、話が進み、この平凡というものがいかに危うい均衡状態なのかが露呈されていくのです。日々の機微、喜怒哀楽、愛情の描写に泣いたり笑ったりしながら一気に読んでしまいました。
細雪と似たタイプの話だけど、完全に非なるものに出来上がっている。向田邦子の個性・才能がぎゅっと詰まっていて、読んで良かった!こんなもの書ける人が居たんだ!ってじわじわ感動が湧いてくる。
このTVドラマ、子供の時に見た覚えがあります。もちろん、この複雑な大人のドラマは理解してなかったけど、薄っすら覚えている。暗いのに可笑しい独特な雰囲気や、いしだあゆみのめがね姿、八千草薫の可愛らしさ、緒方拳もいたっけな、とか。
振り返れば、才能豊かで味のある役者さんが沢山いた時代だったのですね、昭和って。

フィクション、ノンフィクション、この世にはドラマが一杯で、不幸もあれば幸福もあり。人の不幸はちょっと楽しかったり、幸福は妬ましかったり、と人間の気持は複雑です。
そんな幸不幸が混じりあう人の世って、面白い。もっと街に出よう、もっと色々な人に出逢ってドラマを体験しよう、と思わされた本達との出会いでした。

皆さん良い週末を!

Tuesday, June 14, 2011

珍犬と大泣き

うちのチャーリーは最近、不思議な行動パターンを見せている。散歩には行きたいのだが、ご指定の人間(つまり私もしくは夫)としか行きたくない、しかも、首輪はいいけど、紐(なんと言うのか度忘れをした)はいやらしい。そんなことなので、毎朝次女はだましだまし、連れて行くのだが、最近はやつも賢くなり、だまされないので脅しにかかっている。チャーリーの最大の弱点は掃除機である。それなので、毎朝、掃除機を刀代わりに降って外に追い出す。かなり手間のかかる犬だと思っていたら、近所にまったく同じ性癖のパグのいることが発覚し、なんとなく安心した。

ところで、我が家は、今日から仕切りなおしで、娘たちは大変愛想がいい。と、言うのも、昨日は夕食時の娘らの発言にびっくりし、大泣きを私がかましたからである。夫にも、「あんたなんて優しい言葉どころか、人を酔っ払い呼ばわりして!ワインをかっ食らうのも、あんたたちが意地悪ばっかり言うからだ」といってあたってみた。そもそもびっくりなのは、いつも父親とそりが合わない長女が、『パパに当たってあんたが悪い。あんなに辛抱強く対応していて、パパは偉い。』そして次女は『優しくないとあんたは言うけど、我が家はI love youなどと言い合う家庭ではない。」という。つい2~3年前にみんながクールすぎてそんなこと父母に言われるのはこっぱずかしいという態度に出るまでは、10年以上毎日これでもかというくらいにI love youと言い続けてきたのに、そして、毎日長女と夫の板ばさみでとりなし役をしてきたのに、突如の裏切り発言に、腰も抜かさんばかりにショックを受けたので、I love LucyのLucyのように大泣きをかましたのだ。われながら天晴れと言うくらいに天晴れな泣きをいれてみた。おかげさまで、今朝は蛙のような腫れた目になってしまったが、その甲斐あって家族はみんな態度がすばらしい。ああ、せいせいした。末子の息子は、Ipadでゲームをして遊んでくれた。時折心配そうにあたまをなでてくれたり、『大げさだった?』ときくと、「いや、みんなが悪い、お母さんをいい加減に扱って。」と、言ってくれる。いや、男の子はかわいい、優しいので。

ま、そんなことで今晩は、みんな素直にお手伝いしてくれるし、おいしそう!などと、聴かれる前からほめてくれる。いやあ、たまには大泣きしてみるものだ。

Sunday, June 12, 2011

鬼のいない間に・・・

 夫がひさしぶりに出張に出ました。これから何日か、思いっきり手が抜ける、と思うとちょっと嬉しかったりもする、なんて、彼がいても抜きまくっているけれど。

夫は出張が大嫌いで、出かけるまでもう大変です。大体、出張が近づいてくると、日々落ち込みが募り、体調も崩すという徹底振り。今回は腰をやられてました。悪いんだけど、ヘッピリ腰で、涙こぼさんばかりになって荷造りしている姿にはくすっと吹き出しそうになりました。

出かけるときも、タクシーに乗り込むまで家族全員に見送って欲しいようで、私はもう察知してそのうもりでしたが、誕生日に貰ったばかりのおもちゃで遊びたい子猿達は、「あ、行くの、バイバイ」と玄関にすら来ない。
「ほら、下まで送りに行くよ」と追い立てると「なんで?」
・・・。
そんなに冷たくするとパパ泣いちゃうからよ、って手を引いてエレベータに乗せて、タクシーに乗り込むときなどは、夫、目ウルウルです。あさってには帰ってくるのに、大げさでしょ。

さて、夫がいない間は、食事は手を抜いて、私は好きなようにしよう!ってウキウキだったのですが、実際には、何故かいつも以上にまじめになってしまいました。
まず、食事。結局いつも手を抜いているんですよね。普通のメニューになりました。夫はサラダ好きなので、いない間くらいはサラダ無しで、と思っ ていたけど、冷蔵庫には食べないとダメになりそうなレタスがあるから、と「もったいないオバサン」は食べ、子猿らは残り物のおかずが好きじゃないというから、シャケを焼き、ご飯を炊 き。
ワイン飲むぞう、ビールも開けるぞう、って張り切ったけど、一人で飲んでもそう進むものでもなく、多分、酔っ払ってしまって、夜何かあったときに子供達を背負っていくのは自分一人、と思うと自然にセーブがかかっちゃうのでしょうね。
せめて、好きなDVD、ビデオでも見よう、と思ったら機械の調子が悪い。こういうときこそ、夫がいないと困るんだなぁ。

と いうことで、昨日はいつも以上に品行方正になってしまった母猿。子供のときもそうだったかも、なんて思い出しました。友達と集まって、今日は騒ぐぞう、な んて張り切っていたのに、何故だかいつも以上に可愛い遊びをして、暗くなる前に誰もいない家に帰っていたような気がします。

今日こそ、ご飯はマックで、と思っていますが、どうなることやら。
皆さん、良い一週間を!

悪態をつく母親

ちょっと昨日から家族に悪態をついている。結構腹いせになって気が晴れる。というのも、週末起きて開口一番に家の中がごみくさいと夫が言う。この5年間、一度も家の掃除をしたことも炊事もしたことのない夫にそんなこと言われる筋合いはないのだが、言われると何かとがめられている気がして、「気になるなら、ごみのひとつでも出してきたら?」なんて暖簾に腕押しなことを言ってみるが、結局のところは私がそういう処理をする。雑用をたくさん抱える土曜日だから、夫に帰りに点心を買ってくるようにお願いするけど、正午を回った頃、「点心は買わない」だの「土(これはトマトの植え替えをするのに頼んだ)も買いたくない」という電話が娘を介してはいる。じゃ、お昼ご飯は?と聴くと、冷蔵庫にたくさんものがある、とのたもう。忙しい中をご飯の支度をすると、自分でなくした携帯電話の代替品を買うのに疲れたし、子供たちがおなかをすかせたので、買い物をしたくなかったと、夫がいう。ムカッと来ることこの上ない。その上、食卓につくや、不機嫌な私をからかうように、あざけるように娘たちと夫が攻めるではないか?ああ~、こうなれば堪忍袋の緒が切れるどころではない。何で、いつもわたしが、みんなのご機嫌をとり、みんなのために家事やらしなきゃいけないのか、悲しくなってきて黙り込んでしまいには涙がにじむ。すると、みんなまずいと、さすがに思ったらしい。急にご機嫌とりにまわる。いまさら、後の祭りである。慌てふためく夫は「酔っ払ったのか?」と相変わらずぶしつけな質問をするので、ますます怒りと悲しみが重なる。そして夜は、フランスに帰る友人家族のためにディナーを準備し、みんなが来る。夫はBBQの肉が焼けたので取ってきてくれないかとか、チーズもあったはずだとかいう。今、友人と話しているからあなたがとってくれば?といってみる。そして、散歩をした時に、流しでむせび泣くとはなしていた友人に今日は私の番さ、と話して慰めてもらう。

そんなこんなで、今日は10時間かけて息子を音楽キャンプに送り届けたあとの今夜の夕食は不機嫌を通す。すると、みんながまだ不機嫌なのかと聞いてくる。食卓で不機嫌な人間がいると不愉快だと言う。あんたたちに言われる筋合いは一切ないと切り返す。好きな時に好きなことをいい、場を和ます役割を母・妻に当然のように求めるのはやめてほしい、私もこれからは好きな時に好きなことを言わせてもらうという。いい気味である。みんな気まずそうに引き上げていく。

こうして、悪態をつく母もたまにはいい薬だろう。良薬は口に苦しである。

Friday, June 10, 2011

お誕生日会


昨日は兄猿の六歳の誕生日パーティをしました。
欧米では、沢山の子供達を招いた誕生バーティが主流で、道化師やマジシャンを雇ったり、どこか、レストラン(マック含む)やアトリエを借りてすることも多々です。
でも、内弁慶な兄猿、友達が少ない。そして大勢は苦手。大勢いると、大抵弟猿と一緒にどっかの角っこで地味に遊んでいるタイプです。
昨日は、それでも3人来てくれました。
もう一人学校の友達を招いていたのですが、昨日の登園の際、その子が来れない旨知らされました。その時の兄猿の顔。ショックで一瞬顔が固まったけど、まだ何がショックなのか分からない、って感じ。乾いた笑顔を浮かべながら、「ママ、バイバイ」とボーっとしながらいつものように園庭に向う。気の毒になって、「(欠席の子には)今度遊びに来てもらおうね」と言ったけど、もう聞こえていなかったですね、あれは。
少しして、園庭をみると、兄猿、本物の猿みたいに袖で顔をごしごし擦っている。ははぁ、悲しみが時差で襲ってきたか。ま、大丈夫でしょ、と思って帰りましたが、案の定、お迎えの時には目先のパーティーとプレゼントで頭が一杯、超ハイでした。


私も海外育ちだったので、誕生日パーティはしてもらってました。写真を観ると大勢いて華やかなのもあるのですが、私そこら辺、頭弱くって、あまり覚 えていない。姉のパーティの方が覚えていたりする。自分のときには舞い上がっているから記憶機能が上手く作動してなかったのでしょうね。結婚式も詳細を覚 えていないし。残念です。

そんな中、一つ覚えているパーティがあります。多分8歳か9歳のときの誕生日パーティ。パーティーというよりは、「お誕生日会」と呼んだ方がふさわしいですね。
あ の頃は、まだ日本に帰国して日も浅く、友達なんていませんでした。当時は帰国子女なんて珍しいし、太っちょで不細工だった私は軽くいじめられていました。歩道橋から富士山が小さく見え、あぁ学校が近づいてきたな、と思うと同時にお腹が痛くなったものです。
今ほど残酷なものではなかったですよ。本当に、いつからああ言ういじめをするようになったのでしょう。いじめは「魂の殺人」と、或る方が呼んでいました が、真にそうだと思います。 

・・・と脱線しかけましたね。
とにかく、友達がいなかったのです。それでも誕生日会をすることになり、いじめられているところを助けてくれた子やこの子達にはいじめられたことがない、という消去法的な「友達」を計3人、招きました。
運悪く、当日は雨。
待ち合わせの場所の神社で、傘をさしながら、「誰も来なかったらどうしよう、いつまで待とうか」と不安な気持で待っていたのを覚えています。
それが、3人とも時間通りに来てくれた!天にも昇る気分で、皆を家に案内し、台所のテーブルで母の作ってくれたケーキを食べて、そのあと多分、トランプかゲームをして、お仕舞い。
これがもう最高に嬉しかったし、楽しかったのです。
ケーキがすごく美味しくって、普段兄弟とするといじけて終わってしまうゲームも、ゲラゲラ笑って、勝敗なんて覚えてもいない。招待客3人もとても楽しそうでした。(あとで訊くと、「行ったっけ?」「覚えてない」「覚えている、あんたのこと、外国人だと思っていたから、そんな家に行くんだって楽しみにしていたけど、結構普通だったね」なんて冷たかったけど。)

そのうちの一人とは未だに連絡を取り合っています。いつか、機会があれば、彼女とそんな子供時代の思い出話をしたいなぁ。

記憶が耳から流れ出ている今日この頃。ボケ防止には何が効くのでしょう。
以下はその他の料理です。

(手まり寿司、黒いのはマグロのしょうゆ漬けだから)

 (冷凍食品屋Picardのブリオッシュ・クリームサンド・ケーキ、
メチャ美味です。上のろうそくが立っているのが全形です)

(子供が好むのはこういうシンプルなバターケーキ)
皆さん、良い週末を!

Thursday, June 9, 2011

濡れ衣

友人でとても優しく、賢いキャロルと言う人がいる。離婚を契機に子供3人を育てながら、インテリア・デザイナーそして不動産仲介業者として成功をとげ、今は悠々自適なおばあちゃんライフを満喫している。縁あって彼女と親友になった。学習障害のある息子さんが学校でちゃんと受け入れられるようにと、学校の事務局に10年勤めたことのある彼女が、ある日児童虐待の容疑を化せられたという。30年も前のことだが、娘さんが転んでは擦り傷を作り登校すること数回で、知らぬ間に濡れ衣を着せられたと言う。4人の子を持つ大親友のフランス人夫婦もNYにいるときにひょんなことから同じような目に遭った。

突如、我が家にも同じ悪運が到来した。2週間ほど前の金曜日、買出しにミニバンを走らせていると携帯電話に地元のおまわりさんから、『お宅のお嬢さんは自殺を考えている可能性がある』というではないか???買出しもへったくれもあったものではない。あんな陽気な子が、まさかと思いながらも急に不安になる。何度電話をかけても応答しない娘に慌てふためき高速を飛ばす飛ばす。うちの周りは携帯電話の電波が非常によろしくないので、やっとつながると「へ?」という。一瞬に10年年老いた母と相変わらず若々しい娘が警察に出頭すると、どうやら娘の書いた小説が先生から通報されたらしい。誘導尋問の最後に娘がいう。この小説は自殺には一切関係がないと、虐待が課題なのだと。小説家を目指す娘の力強い執筆が認められたのだろうが、先生に送ってみたら?と単純に促した私が浅はかだった。そんなこんなで、今日は児童保護局に家族で出頭した。結果から言えば、一件落着、濡れ衣がはがされたのだが、とても考えさせられた。とらえようによれば、どのようにも解釈できることがたくさんある。末っ子が自転車のブレーキが利かないのを忘れて大転倒したことを書いたが、ほっぺたに大きな傷が付いてしまって本当に心が痛む。娘たちはすっころんですねに傷がある。次男はバイオリンの練習をするので、左の首にバイオリンのあたるところに傷がある。悪い担当者にあたれば、いくらでも虐待の証があるというもの。お~、こわ。

ホームレスの母親の自立を1年間居住空間を提供し、生活能力を培うべく支援する組織がある。昨日、娘とそこで共同生活をしながら自活を目指すお母さん二人に会ってきた。彼女らの人生を代弁し、短編小説に仕立てるのを、娘は目指す。そこへ巻き込まれ支援する役目が私である。恐らく想像を絶する体験をしてきたこの女性たちの優しさには腰を抜かした。裕福な家庭の子供に見えたに違いない娘の話をまじめに受け止め、「うちのおばあちゃんも、あんたはすごい人生を歩んできたから書き物にするといい、と言っているけど、自分ではかけないので、書いてもらいたい。でも、私の人生はものすごくグラフィックなので、その話をあなたにしていいものかためらう。もし、よければ、あなたと話す時にお母さんも一緒にいてもらいたいのだけれど。。。」と、気を遣ってもらう。まあ、なんと人間の美しさを感じることか。弱者の声を目指す娘の情熱を支援したいけど、濡れ衣は嫌だなあ~と正直思う。世の中の醜さをそれなりにみてきた私は、人様の不幸をあえて避けて通る路線を貫いてきたが、ここにきて、どうやら多少直視せざるを得ない局面にきているようである。ああ~、大変と思いながら、ワインを頂く。尋問された子供らは、アルコールや麻薬を家で使うかときかれ、みんな律儀に、両親はディナーの時に時折ワインを楽しむと答えていた。毎晩頂く母親が牢獄で狂人と化すのに哀れみを抱いてくれたのか。。。。ありがたい、と感謝していると遠方でサイレンが鳴り出す。母親の直感である。うちの末っ子が待たされるのに飽きて、火災報知器をいじっていて。誤って報知したらしい。本人は、あわてて駈けずり回っている。これをみて、バットをもちだし、攻撃しなかった両親は無罪放免と判断された。

ああ、大変であった。正義の国アメリカでさえこうなのだから、他の国のことを考えると怖くてたまらない。

Wednesday, June 8, 2011

乱読日記

乱読の日々。
というのも、最近は新刊を貸していただく機会が多くて、「もったいない」おばさんとしては、「ははぁ、有難くお借りします」といっては、家事放棄して読み込んでいるのです。
伊坂幸太郎、東野圭吾、その他ごめんなさい、名前を忘れてしまったベストセラー作家殿々。もう編み始めてしまったマフラー状態で、止まれずに読ま される。その手腕は素晴らしいのですが、正直言って、後味悪いのです。何故かと言うと、あとに何も残らないから。アガサ・クリスティーほど、エンタメ度も 高くないし、なんか、人生の無駄使いしちゃったかな、って感じです。

そんな中、この人、イイ!会ってみたかった!と思ったのは向田邦子です。明るい、からっとしている、鋭い、そんな人柄も好きだし、戦後からの昭和 が舞台の庶民の話、とても懐かしく愛着を感じます。でも残念ながら、出版されているのは、殆どがエッセー。私はフィクションが好きなんですよね~。「あ・ うん」のような小説をもっともっと書いて欲しかったです。

なんだろ、夢、希望、せつなさ、などがぎゅっと詰まった小説、そして巧いの、ないでしょうか。
お勧めあったら是非お知らせください。

Monday, June 6, 2011

恵みの雨

何日ぶりでしょうか、パリに雨が降っています。しとしと、しとしと、気持が落ち着く。
前回のエントリーでかなり愚痴りましたので、心あらため、ポジティブなことを書こうと思います。

この連休、まもなく6歳の兄猿が自転車に乗れるようになりました。実はカタール時代に既に克服していたのですが、パリに戻って以来、気軽に自転車、という環境でなかったので、バランス感覚を忘れていたのでした。私が子供の頃の東京は、ちびガキ達が自転車に乗り回しているのが前提に車も走っていたように思うのですが、パリは違うようで。こんなところでパリは大人前提の街ということを再確認です。
で、自転車。
公園でしばし特訓の甲斐あり、いよいよ一人立ちです。
ふわーぁっと走り出したときの、兄猿の驚いたような笑顔、周りの大人らの爽やかな微笑み。その両方にちょっと感動しました。おじさん達の笑顔は、「ガンバレヨ、少年!」と言っているように聞こえる。
少年、未来に向かって漕ぎ出す。ほんと、ガンバレヨ!

そして連休最終日の昨日は、パリの真髄、マレ地区に出かけ、INSEAD時代の友人の妹さんと初対面。友人自身は昨夏終わりに昇天されました。お姉さんの面影ある妹さんにお会いして、またお姉さまの生前の写真を沢山持ってきてくださったのを観ていると、何だかとても懐かしい気持になりました。そして、世界各地にて、友達・家族に囲まれ得意そうに、楽しそうに笑っている彼女を観ていると、良かったね、幸せな時が沢山の人生だったんだね、と嬉しくなり。
晶子さん、本当にありがとうネ。

別れたあとはセーヌ川を走るバトー・バス(船バス)に乗って、うちの方まで帰りました。子猿達の大興奮ぶりに、少々高い船賃も元取った気になります。ありがと、そんなに喜んでくれて。
子育て、今が一番貰うものが多い時期なように感じます。この先は、勉強だなんだって、先のJubiさんの主婦連のように報われないことが多そう。

雨、もうおしまいでしょうか。遠くに見える新・凱旋門の辺り、雲が晴れているようです。
どうぞ良い一週間をお過ごしください。

Sunday, June 5, 2011

主婦

主婦は大変である、専業であろうが兼業であろうが。Lazyさん、お疲れ様。先日木曜日に散歩プラス・ランチに5人の主婦が集まった。専業もいれば、兼業、シングル・マザー等々:共通項はみんなとんでもなく忙しいというのと、若干使われ感・報われなさ感のあること。たった2時間の久しぶりの憩いも、行っていいものか、やることが一杯なのにと全員が思ったよう。最近16歳の娘さんの意地悪に苦悩するサンディーさんは、家族に優しくされることを期待しなくなったとあきらめ気味。急に意地悪になった娘さんの言葉に流しでご飯の後片付けをしながら咽び泣いたという。ああ、わかる、わかる。かわいそう。13歳ともうすぐ16歳になる娘を持つ私は、何度泣いたことか。娘と言えども、女なので、痛いところを突く突く。わあ~、傷ついたよ!とぽろぽろ泣くと、結構反省が入る、3日ほど。
家政婦さんにばあやさんのいる生活を15年ほど経て、小さな家ながら、自分で掃除・炊事・洗濯をしながら起業をするのは、かなりタイムマネジメントを要する。夫は子供たちにさせれば良いと主張するが、ほこりとか気になるので掃除をする。家族は気にならないらしい、きれいでも汚くても。着眼点が違うようだ。
そういえば、私も子供の頃は気にならなかった。いつから気になりだしたかというと、高校生になってからのような気がする。と、いうことは、思春期になると主婦になるための脳が発達するのかもしれない。

パリ4連休まもなく終了!(愚痴っぽいです)

日曜日午後二時半、まもなくパリでは4連休が終わります。

よく寝て充電したようでもあり、家事・炊事・育児に追われた4日間でもありましたぁ。

私は事情あって、子供の頃から、昭和の代表のような家のことは何もしない父と汚すのが仕事のような兄の始末をさせられてきました。
そのせいか、特にきれい好きでもありませんが、汚されるとスッゴイむかつくんです!!だから、連休、休日、家にいるのが好きなのですが、一方で、結構キリキリきちゃう。皆さんはそんなこと、ありませんか?

愚痴ついでに、続けると、私は夫のマイペースもイライラする。
例えば、子猿が横断歩道を渡るとき、スクーターや自転車を引きながら、のろのろと歩きます。そこに、右折、左折する車が入ってくると、私はついつい、「ほ ら、早く」なんていいながら、スクーターなり自転車なりを取り上げて、手を引こうとする。子猿は自分で自分の乗り物を持ちたい、って一瞬ぐずるのですが、 そんなこと言っているときじゃないでしょ、ってどやしながら渡らせる。この裏側には、「危なっかしい(過保護)」「人の迷惑にならないように、人様と同じ リズムで動きなさい」という、どちらかというと日本人的な思考があるのですが、夫は、たとえ人をいらいらさせても自分のペースに行くべきだ、という言う 人。子猿達に対しても「ほっとけ」って。
どっちもどっちだと思うのですが、普段は対子猿は私が天下なのに、この4日は夫とコーヘッドで疲れましたわ。

明日は通常営業の月曜日、今から一人時間が楽しみでしょうがない母猿です。

Wednesday, June 1, 2011

感動です

ツィッターを観ていたら、んなニュースが・

このイヴリー・ギトリス氏は、4月にパリで行われたマルタ・アルゲリッチのココロコンサート、震災チャリティーコンサートでも演奏されたヴァイオリン奏者。88歳ですよ、あのコンサートでも殆ど立たずに演奏するくらいご年配の方が、石巻市に行って演奏されたなんて、感動せずにはいられません。
ヴァイオリンの音色に被災者の方々の心が慰められたでしょうか。そうあってほしいです。

それでなくても、今日のパリは神々しいまでに美しい朝を迎えています。
子猿らを幼稚園に送り込み(普通水曜日は休みなのですが、飛び石連休を完全なる4連休にすべく、振り替えで今日は幼稚園ありになりました。公立の学校なの に、ですよ。パリっていい街でしょ)、そのままウォーキングに行って、Ipodで桑田さんの新しいアルバム、Music Manを聴く私。セーヌ川に架かる橋の上で、「ミスター・ムーンライト」という素晴らしいタイミングに、一人大いに酔いしれていたら、知人にばったり。 ちょっと恥ずかしかったです。

イブリー・ギトリスの石巻での演奏、動画サイトにアップされたらお知らせしますね。イブリーさん、感動をありがとう。