Monday, May 31, 2010

継承語としての日本語 (パリ便り)

外国に暮らすと、子供の日本語教育をどうするか、というのがママ友ら共通の関心高い話題である。私の子供らのように、日仏ハーフでフランスに住んでいるコにとっての日本語は「継承語」と呼ばれるらしい。彼らにとっては母国語ではないってこと。

思い起こせば、自分も子供の頃は海外で育ち、「家の中では日本語で話なさーい!」と母に怒鳴られながらも、ついつい楽な環境語、英語で話していた。あの頃、日本語は母国語ではなかったと思う。
それが日本に戻ったら、もう、コロっと英語を忘れ、高校時代も5段階評価の5まで行ったことがなかった。英語教師からは、「帰国子女が笑っちゃうよな」と厭味を言われ、「でも先生より発音はいいと思う。」とイノセントに言ってしまって、もう5をもらうことはないだろう、と確信したものだ。

こう振り返れば、母国語っていい加減なのだ。「母国・・・」ってロマンが感じられるけど、言語吸収時期にいる環境の言葉が母国語という、単純なものなのね。どれ、ウィキペディアをみてもそうある。

そう理解すると、子供達に日本語をマスターしてもらいたいという、私の場合かなりお仕着せ的であろう思い入れにセーブがかかる。

それでも、日本語・・・
・うちの子猿達、結構日本人っぽい顔しているし、将来的に日本語を知っていることがサバイバルに役に立つかはわからないけれど、知っている方が知らないよりはいいに決まっているし・・・。
・そして、桑田(佳祐)さんが、英語のような日本語やら、突然スペイン語やらで、自由に、巧みに自己表現しているように、我が子猿君たちも、フランス語、日本語、そして将来的には英語でも中国語でも操って、自分を表現できたらいいと思う。
(はい、私の夢は子猿達がロックスターになることです。)
・色んな言語の本を原文で読めたらいいとも思う。各言語、ニュアンスを翻訳するのって難しいから。

さて、拙宅向かいにリセ(といっても中高一緒らしい)がある。ここは公立ながらも第二(三?)外国語教育に力を入れているらしく、珍しく日本語も選択の一つにあるので、越境通学している日本人や日本人ハーフの生徒さんが多い。

カタールから戻ってきた当初は、買い物途中にすれ違った、完全に外国人の顔しているティーンが、もうそれはナチュラルで流暢な日本語で、
「ねぇ、宿題やった?」
「やっベー、やってねぇーよ」
なんていう会話をするのにびっくりしていたものだ。それが日常茶飯事だとわかってからは、学校前を耳を澄まして通るのが楽しみになった。皆、日本語私より上手い。

金曜の夜は年に一回の日本祭りが催されると聞いたので、家族総出で覗きに行った。構内ミニ文化祭みたいに盛り上がっている。
広々としたキャンパスで、悪くない。我が子猿達も「大人の学校、大人の学校♪」と、その広さに、新しい縄張りに印を付ける猫がごとく、ねずみがごとく走り回っていた。

地下にある学食ではお母さんらが、手製の焼きそばとか、巻き寿司などを、一所懸命配ってらしたが、行列は一向に終わりを告げない。和食はパリでも本当に愛されているよう。嬉しい。
ここにいるお母さん、お父さんらは、もう母国語ではない日本語を、それでも子供の脳裏に残そうと、一所懸命なんだろうなぁ、と思うとぐぐっと来るものがあった。
少しでも子供の将来に役立つことを身に付けさせたい、フランス、そして日本というチョイスをあげたい、等色々な思いがあるのだろう。将来生き抜くすべの一つとして、日本語を身に付けさせたい!という熱い思い。湯気と一緒にそんなものを見たような気がした(ホント?)
一方の生徒さんたちの方はもっと自由に、気楽に日本を楽しんでいるような印象。「マンガが好き、焼きそば美味しい」って。

それでいいの、それでいいの。と、今のところ部外者の私は思う。親の愛情を一杯受けて、それをむげに、当たり前として水のように浴びて、自由に生きる、勝手に生きる、それが青春時代の特権というものだ。

Saturday, May 29, 2010

宇宙

今朝は子供一人の家庭で始まった。下の子二人は、以前住んでいた家のお隣に泊りがけ、高校生の男の子ははす向かいの友達の家で「リスク」というゲームを夜なべしたそう。というわけで、真ん中の娘だけが朝ごはんに出没。洗濯物OCDの私は第一陣を洗濯機を回し、朝のコーヒーを楽しむ。ごくありふれた土曜日の始まりである。後2週間で南仏に出発するのだが、何せ犬を含めて総勢7名の団体旅行なので、半日をその準備に費やす。そして夕方、最近大変身して公開になったAcademy of Scienceに連れて行ってもらった下の子二人はIMAXで観た映画の報告に来る。後50億年すると地球は爆発してNovastarになるという。どうすれば良いの?と問いかけると、"Uh, Mommy... We're going to be dead by then."と、非常に冷ややかではないか。でも、あんたたちの子供の子供の子供はどうするの?と粘る。人間は100万年ほどしか生きてきていないので50億年先には、全然違う生物になっているというではないか?そう言われると、一生懸命苦悩し、努力する私たちは本当にちっぽけな存在に思えてくる。昔のサントリーのCMで、「み~んな悩んで大きくなった!」という変なのがあったが、悩んでも大きくならずたまたま今は強い立場にいるだけなのだろう。近所で出くわす動物たち(鹿、ウサギ、スカンク、蛇、鳥、きつね、コヨーテ、ハリネズミ、モグラ、ラッコと、まるで動物園並みの面々が我が家の周りに生息する)は、きっとそんな盛者必衰を心得ていて、ふんぞり返っている人間たちを嘲り笑っているような気がする。妙に宇宙的なことを考えてみたりするのも満月のせいかもしれない。

Thursday, May 27, 2010

Memorial Day Weekend前のSF

明日の午後から3連休が始まる。Memorial Day Weekendは、アメリカでは公式に夏の始まりを告げる連休で、この後は9月のLabor Day Weekendまでの間は、白を身にまとっても良いらしい、とあるプレッピー気取りの間では。そんなことはお構いなしが西海岸には多いが、東海岸は大変保守的で、こういうことを意外にかたくなに守る人たちがいる。

さて、SFは例年になく雨が良く降る。4月にはいれば乾季のはずが、今日も大雨が来襲しては去ってゆく。これを寝室兼書斎の窓からゴールデン・ゲート・ブリッジを右斜め前に臨み、Richardson Bayを手前に、そしてサンフランシスコの街並みを面前に眺めながら一日が過ぎてゆく。もちろん、途中には作業をするので、ただただ座っているわけではないが、なかなかの絶景である。

そんな風景を見ながら考える。この2~3年は世界中が天中殺の中、我が家も厳しい環境にもまれてきたが、人生は山あり谷あり、とか、禍福はあざなえる縄の如しとか、What goes up must come down, とか、ありきたりのことわざが頭に浮かぶ。ということは、これは人間が生きていく間に必ずパターンとして遭遇するからなのだと、考えたりする。こういう局面から何を学ぶかで人生後半が決まるような感覚がわいて来る。英語のことわざで、What doesn't kill you makes you stronger.というのがあるが、まさにそんな気がする。

雨降りの日は・・・(パリ便り)

昨日より本格的に天気がぐずりだしました。朝から降っては止み、止んでは降る。気温は16℃。真夏日のあとの涼しさに救われます。

一昨夜熱を出した3歳の息子、今朝から回復に向かっているようで、今は昼寝中。
横たわった彼の小さな身体は、彼の意識の下でフル回転で修復作業をしているのでしょう。寝息も、そんな健全な作業が立てる音のように聞こえます。

今日は色々やろう!と計画していましたが、看病にかこつけ、休養デーにしています。
「エトランゼ」ご声援ありがとうございます。まだ会わぬ方々とのコミュニケーション、元気づけらることが多いです。
多くの人の安らぎと刺激の場にしたいと思っているのですが、人によってその定義も違うでしょうし、文字でそれを創る、難しいことにチャレンジしたなぁ、と今更ながら実感しています。でも頑張りますです。皆様のご協力に感謝してます!

といいながら、今日はとりあえず、添い寝しながら、「雨読」しようっかな。

Tuesday, May 25, 2010

世界市民

夫がいないことをいいことに今宵の夕ご飯は無礼講でいくことにした。末っ子曰く夫は「I am right!」な人間なので、時々扱いが大変だそうだ。それに対して私は至極いい加減なので扱いやすいようだ。

我が家は子供が5人、内一人は大学生で東京在住、続く二人も三年以内に大学へと巣立つ予定。先を見越して、年をとったら2ヶ月おきにみんなの家に居候し、残る2ヶ月は我が家にみんなを招くという案を提示してみた。案外、あっさり受け入れられた気がする。刷り込みは若いうちにするのが一番と実感した。

次のテーマは、次に住む街ということで、東京、ロンドン、ニューヨーク、パリ、シンガポール、香港、シドニー、今のままサンフランシスコで統計を取ってみた。4人中3人は、英国調の英語を身に付けるためにロンドンを選び、変化を好まない次男は今のままサンフランシスコという結果。英国調とは何かといえば、語尾を上げずに下げる、"trash can" = "rubbish bin", "restroom" = "loo", "crazy" = "loony", "french fries" = " crisps" ということらしい。カリフォルニア育ちにはたまらなくクールらしい。

ところで次男には、東京に行けば、君のような素敵な男の子は女の子にもてまくるという甘いささやきにも、「なんてささやいているのかわからない。」という反応である。行けばわかるさ、と無責任に煽ってみるけど、次の世代はこうでなければいけないと思った。国境、文化、言語の隔たりなく自分の幸せを求めるべきなのだと。ところが、次男いわく、親のプレッシャーで学業に励み、軌道に乗っているのに異文化に入るとその計画は台無しという。そこで母なる私は、まじめに対峙することにした。学業は親のためではなく、自分のためであると。。。自分が幸せではないと感じるのであれば、学業に励む必要はなく、母としては、土管工でも庭師でもサーカスのライオン使いでも本人が幸せならば全く構わないと話す。本当にそう思う。人生半ばにして、自分のキャリアを振り返ると、やはり一番楽しいと思うことをするのが良いのだろうと思う。すると、次男も、そう言われて、自分でも学業を達成し、いい大学に進みたいと思うとまじめに答えていた。

時には、こうして認識の相互確認をすることが家族でも必要な気がするが、皆さんのご家庭はいかがでしょうか?ご意見をください。

昨日は暑かった!(パリの話)



昨日のパリ、最高気温は30℃越えたのではないでしょうか。午後は昼寝したかったのに、公園セッションに駆り出されてしまって、帽子から出ていた首が、ジリジリと焼ける音が聞こえそうでした。。

公園は、サント・ペリーヌといってパリにしては大きめの公園です。芝生エリアが多いので、昨日のような祝日で陽気が良いと、老若男女が一杯。まぁ、一杯といっても春先の東京上野とは比較にならないのですが。皆、タンクトップやサマードレス、男性はバミューダパンツ。パリは一気に夏模様。

このサント・ペリーヌ、週に一回は来ています。その度に、木陰にアベック(死語?)、ベンチに老人と浮浪者の間のような人、茂みの裏には調子に乗っている若者など色んな人がいて、ちょっと怖いな、と思っていました。
そんな先日、幼児用の砂場エリアで、うちの3歳猿を見失いました。悪さをしていた兄猿に説教している間の30秒(と思っているけどもっと長かったのでしょう)、フェンスの内側にいるのを確認していたちび猿なのに、兄猿に納得させ終え、ふと探すと、さっきの場所にいない。
まぁ、30秒くらいだから半径20メートルの中にいるだろう、って目を皿にして探したけど、いない。漸く焦り始めた頃、遠くから、親切そうな年配の婦人に付き添われたちび猿がやってきます。御礼を述べ、「どこにいましたか」と聞くと、それはもう、果てしなく遠いところまで行っちゃってたようです。怖い怖い。

この公園ではその昔、誘拐騒ぎがあったとか、なかったとか。そして毎回、夕暮れ時になると、先の私同様、子供を見失って半狂乱になっている保護者を見かけます。そんな話を夫にしていたので、心配性の夫は強烈な西日の下、始終子猿のあとを追い、前半戦でクタクタ。後半戦は「大丈夫だと思う」と根拠なく開き直ってベンチに伸びていました。あのぅ、さっき、「僕が見ているから、君は寝てなさい」って言ってましたよね。

誘拐された子供、その親はどのような気持ちで生きていくのでしょうね。かんかん照りの太陽の下、そんなことを考えていました。今日はあとで夕立が来るようです。

Monday, May 24, 2010

今朝のパリ



Pentecoteで祝日のパリです。4月の春休み、復活祭、メーデー、Ascension,ほかにも何かあったかな?とにかく一連の休みも今日でおしまい。ゴールデン・ウィークならぬ、プラティナム・マンツのフランスでした。これじゃ経済まわらないでしょうね。

そして、うちの前、煩いです。車が渋滞している。どうやらRoland Garrosが始まったようですね。チケットの入手は非常に難しいと聞いています。交差点にはダフ屋が立っています。

さて、今朝も快晴。午前11時半現在、すでにベランダの気温計は24度を指しています。お、鉢のイチゴの花が咲いている!果たしてイチゴの実になるのでしょうか。

先ほど近所のスーパーに買出しに行きました。シャンパンが9ユーロ95サンチーム。買うしかないでしょ。最近シャンパンの価格破壊が起こっているようで、こういうのに良く出会います。味は・・・カタールでスパークリングワインに慣れてしまった私達の舌には、充分ご機嫌な気持ちにさせてもらえます。
昨夜DVDでアバターを観て、早速自分もアバターになってしまう夢にうなされた夫は目にクマを作っています。シャンパン、必要です。いの一番に冷蔵庫に入れました。

そんな今朝のパリでした。また一週間宜しくお願いいたします!

Sunday, May 23, 2010

気功でお幸せに!

始めて投稿します。ハンドルネームはソラです。私は現在東京の文京区にすんでいて、生まれは神保町、大学以降は目白に引越してきたものの、移動距離はせいぜい3キロ程度で、7年前に自分のマンションを買ったものの、それも自宅から数分のところ、学校や仕事も殆ど全て電車で40分圏内で済ませ、皆さんのようにパリ、NY、SF、中東などと華々しい経緯とは縁のない土着人なので、海外から送られてくる皆さんのブログは私の知らない世界や雰囲気をのぞき見できる窓のような存在として楽しく読ませてもらっています。私もこれから時々投稿させて頂こうと思いますので宜しくお願いします。最初の投稿は、昨日始めて参加した気功教室について書いてみたいと思います。
 昨日の日曜日、中学時代のクラスメートで現在笹塚で耳鼻咽喉科のクリニックを開いているJちゃんの通う気功教室に飛び入り参加させてもらった。Jちゃんは3年前から気功を学びはじめ、彼の仕事である治療に取り入れるべく熱心に気功を研究している。最近も私の父が長年患っている、原因不明の全身の痒みという耳鼻科とは関係のない症状の原因究明に気功を使って取組んでくれていて、少しずつ父の症状は改善しており、我が家にとって頼りがいのある「赤ひげ先生」なのだ。
 気功のクラスは、朝10時から何と夜の8時半まで、途中お昼1時間休憩があったが、それ以外はずっーと実習を交えた講義なのだ。生徒は皆熱心に聞き入り、積極的な質疑応答が繰り広げがれる熱い学びの場といった感じ。最初はその雰囲気に圧倒された私だが、10分もたたないうちに、その場に飲み込まれ夜の8時半まで居眠りすることもなく参加し、帰る頃には「アーク・ネハム・フゥーム」と嫌いな人を許すマントラ、人生を好転させるマントラを唱えたいた。どうやら基本的な考え方は、宇宙には目には見えない「気」が充満していて、人間、動物、物、様々な出来事などこの世に存在する全て事は、気の影響を受けないものは無いのだが、無防備に生きていると気の悪影響を受け病気や不幸に翻弄された人生になる。気の存在を認め、長年にわたり先人達が積み重ねてきた気のコントロール方法を日々訓練し自分のものとすれば、その場の気を浄化し、整え、身体にいい気を通し、不必要な不幸を跳ね飛ばし、心身ともに健康で幸せな人生を送れるようになる!という考え方のようだ。元々中国で何千年か昔に始まった考え方が、その後、日本や韓国、最近では欧米にも広がり1つの学問まで昇華されたものが気功という技であり学問ということらしい。私は今まで、気とか気功とか意識したことが無かったものの、そう言われてみると、毎日使う言葉の中に、「気」という言葉が多様され、まさに「気」に充満された世界を生きているということに気がつく。気が重い、気が進まない、気力がない、病気、短気、気合、気迫、気違い、気高い、気品、などなど。実は大昔から私達日本人は目に見えない気の存在を生活空間の中で目に見えないが身近な存在として名前を与え、意識して生きてきたのだろうと思う。だからこそ、自分も、気功?これで幸せになる?バカバカしい!と一蹴することはできず、縁あって気功の話しを聞くと、小技でもいいから身につけて、出来る限り浄化された良い気の中で心穏やかに暮らしたいと思って熱心にノートを取ってしまう。この、気功という学問、なかなか実用的な面もある。例えば、プレゼンや講演など人前で話す時に、先にその場に行って、部屋の重心点あたりの気を整えることで、その場を支配し、いい結果をもたらす方法とか、ビジネス書にあったらウケそうな技もあったりする。場を支配するなんて素晴らしい。これが出来たら魔法使いじゃない!これ以外にも過去の自分や身近な家族を許す技とか、悪い記憶を消す方法とか、幸福間を持続させる技とか、もう興味ある技が山ほどあるのです。それにしても昔から人は、不幸の火の粉が身に降りかかることを避け、幸せに暮らしたいと強く思って試行錯誤を繰り返し、今も昔も国が違っても普通の人が望むことに大差なく、幸せに暮らしたい、ただこの一点を切望して生きてきたのだなぁ、とあらためて思いました。皆さんも、機会があれば、是非、気功の世界をのぞいてみて下され!

タンポポ(SF便り)

今日は日本町に行って、息子二人と夫とローカルの通うおいしいラーメン屋さんに行き、その後、二番目の息子のバイオリンの発表会のためにサンフランシスコの音楽学院に向かう。いつの間にかすっかり大きくなってしまっている息子を見て時間の経過を痛感した。人生いい加減に過ごしてきたけど、子育てだけは成功したような気がする。

柔らかな頬 桐野夏生

はまってます、桐野夏生。この作品は直木賞を受賞したと聞いていたので、楽しみに読み出しました。

余談ですが、うちの仏人夫は本好き、仏訳されている日本文学は私に出会う前の学生時代に大体網羅していたようです。それなので、子供が通っているパリの日本語学校の図書館で新し目の本の仏語訳を見つけると借りてあげます。

さて、先日借りてあげたのが、「Disparation」by桐野氏。感想は・・・。珍しく気に召さなかったよう。話の筋を説明してくれて、確かに酷いし、ありえない設定。救いがない話なようで、ハッピーエンド好きの私には向かない、絶対避けよう、と心に決めました。

柔らかな頬、タイトルから言っても、また帯にある解説からも、ヒューマンな話のようで、よしよし、と、子猿、夫が寝た後に、ポートワインを啜りながらページを繰ります。落ち、見えます?そう、これ、Disparationの原本でした!こんな全然違う仏訳タイトルつけないで~!
まぁ、幼児誘拐がベースの話なのでDisparation、わからなくもないですが。原題の「柔らかな頬」・・・子供の頬を両手で挟むと、子供が嬉しそうに甘えて、その柔らかさに母親も幸せが満ちる、そこから来ているタイトル。こっちの方が胸が詰まります。そして、その子がさらわれて消えます。Living nightmare・・・そして、続く続く、暗い暗いインシデント、過去。これでもかって言うくらい、救いがない話です。

・・・でもよかった!
凄い筆力に引っ張られます。ありえない設定なのだけど、この気狂いな現代、何でもありえるし。夫がありえないと感じてしまったのには、仏訳バージョン、読んでもいないのに悪いですが、翻訳が桐野氏のレベルに負けていたからだと思います。ありえない設定かもしれないし、ありえるかもしれないし。そのうち、そんなの、どうでもいい、と思わされる強烈な展開です。

読む方がいらっしゃるかもしれないから、プロットには触れませんが、主人公カスミと母親の再会が身につまされます。親子って特別な絆だと言われていますが、それは一緒に歴史を、思い出を綴るからで、絡み合わずに生きていたら、そんな絆は糸より細いんだって。そういう事実を遠慮なく書く桐野氏、鋭すぎます。今度、帰省する際、母にお土産奮発しよう、と慌てた私です。死に向かう元刑事の心の動きの描写が巧すぎて、死という、普段出来るだけ避けて見ないようにしているカードを、目の前にバーンと見せ付けられたようなショックがあります。

救いのない現世をどうやって生き抜くか、そんなテーマの超ハードボイルドな話でした。

Saturday, May 22, 2010

ミニ家庭用品



これ、しょうもない写真ですが、大きさ、わかりますでしょうか。ワインボトルを置いて比べられるように、と思ったのですが。
炊飯器は3合炊き、このボールは卵三個くらいが丁度良く、小さい鍋は味噌汁二人分、うどん一玉がぴったり入る、、そんな大きさです。

昨日は5歳までカウント・ダウンに入った息子が「シュー・ア・ラ・クレーム」を食べたい、というので、何年かぶりにやってみました。
余談ですが、この「シュー・ア・ラ・クレーム」、昔Jubilancerさんの次男君が3、4歳のときに、私が「シュークリーム」と言ったら、ちょっと悩んで「ちがう、これは『シュー・ア・ラ・クレーム』だよ」と教えてくれたのを思い出します。そのとき、この子は日本語も上手に操っていて、叔母・甥として血も繋がっているんだけど、私とは違う文化圏にいるんだな、って何故か痛切に悟ったものでした。よもや、のちに自分がその違う文化圏に飛び込むとは思わなんだ。
英語ではパフ・クリームと呼ぶんでしたっけ。

写真に戻って、このボールに入っているものはシュー皮のもとです。これをグニュグニュやってるときに、このボール、二十年ものということに気づきました。いや、ちょっとさば読んでいるかもしれませんが、何しろフライトしてるころにロスか、パリかで購入したものです。当時独り暮らししていたので、住んでいた1DKのキッチンも狭かったし、この小ささがよかったのです。炊飯器も独り暮らしし始めたときに最初に買ったもの。一合炊いては一日掛けて食べる、そんな生活でした。このちび鍋も大人一人にぴったりで。

今は、これらが3歳児と5歳児家族には丁度いいサイズで、よく活躍しています。が、もうすぐ、これでは足りなくなってもっと大きなものに買い換えなくてはならなくなるのだろう、そんなことを想っていると、私は今人生の一番幸せな時期にいるのかもしれない、なんて。

あの一人暮らし時代は自由であることの寂しさも知った頃でしたが、あれはあれでかけがえのない思い出。このボールを手で洗うときの丸みや、炊飯器で御飯炊いて、その湯気とか、そんなものに慰められていたように想います。

とりとめなくなってしまいましたが、喜びも悲しみも染み込んだ、愛着一杯のチビ家庭用品についてのエントリーでした。

PS・シュークリーム、上手く出来たのに、チビ猿め、「給食で出たのと違うー!もっとクリームが黄色かった!」って拒否されました。まだ6個もあるんですけど。

Friday, May 21, 2010

家族観について (パリ便り)

毎度、私のお気に入りブログ、内田樹さんの書き込みを引きます。
今日の御題は家族でした。彼は転用を許可しているので、ここに抜粋コピペさせて頂きます。

(前略)・・・「父親」の仕事はもっと簡単。
「父親」の最終的な仕事は一つだけで、それは「子どもに乗り越えられる」ことである。
この男の支配下にいつまでもいたのでは自分の人生に「先」はない。この男の家を出て行かねば・・・と子どもに思わせればそれで「任務完了」である。
だから、「よい父親」というのがいわゆる「よい父親」ではないことが導かれる。
「ものわかりのよい父親」は実は「悪い父親」なのである。
否定しにくいから。
「愛情深い父親」もあまりよい父親ではない。
その人のもとを去りがたいから。
「頭のよい父親」はさらに悪い。
子どもと論争したときに、理路整然博引旁証で子どもを論破してしまうような父親はいない方がよほどましである。
それよりはやはり「あんなバカな父親のところにいたら、自分までバカになってしまう」というようなすっきりした気分にして子どもで家から出してやりたい(それについて文句を言ってはいけない。自分だって、そう言って親の家から出たのである。父親がそれほどバカではなかったことに気づくのはずっと後になってからのことである)。
言い遅れたが、人類学的な意味での親の仕事とは、適当な時期が来たら子どもが「こんな家にはもういたくない」と言って新しい家族を探しに家を去るように仕向けることである。
これが「制度設計」の根幹部分である。
それができれば親としての仕事は完了。
なまじ親のものわかりがよく、愛情深く、理解も行き届いているせいで、子どもがいつまでも家から出たがらない状態はむしろ人類学的には「機能不全」なのである。
当今の家族論は、家族の存立のそもそもの目的を見誤っているのではないか。
「イニシエーションの年齢に達したら、子どもを家から出して、新たな家族を作るように仕向けること」、それだけが親の仕事である。
自余のことは副次的なことにすぎない。

この前の部分にはもっと広義の家族について書いてあったのですが、ちょっと難しくって斜め読みしてしまいました。

皆さんはどう思われますか?

私は同感派。フランスでは、20過ぎても家に居ついて親のすねをかじる若者が多くて近年映画になったほどでした。周りの、多分中流階級に属する知人達も、自分がそうであったし、子供達もそうであろうことを前提に家選びをしているのが多いです。それを聞くたびに、Oh la laと思うのですが、まぁ、どうぞご自由に、ってものですから。

私は、将来、狭苦しい家にムサイ息子達がうろうろして、御飯を食べつくすなんて、想像しただけでも嫌です!それでも一応母心はあるので、料理、掃除、洗濯は早めに仕込んで、上手に一人暮らしをエンジョイできるように、そして、お袋の味を武器にするようなオンナなどに引っかからないように、しよう、と。やはりバカ母ですね。

Thursday, May 20, 2010

現在28℃!暑いです、今日のパリ。

夕方が暑いんです、この季節のパリ。先週の今頃は10℃ちょっとだったのに、この極端さはヨーロッパらしいと思います。

今朝は、嫌で嫌でしょうがなかった、お役所に行って来ました。
まぁ、お役所に行くのが好きな人も少ないと思いますが、パリでは、決死の覚悟が必要です。行列に並ばされる、小突き回される、また待たされる、子猿がぐずる、厭味を言われる、やっと窓口に呼ばれると、書類不備で突き返される、「えっ、でもそんなこと書いていないじゃない」と言おうものなら、「Ecoutez Madame・・・」と如何に私が注意力散漫で、「セ・パ・マ・フォートゥ(アタシのせいじゃないわよ)」と言われ、肩を落として帰る、そして一日が終わる。

今日もそれを覚悟で、朝出発。バッグの中には、水、飴玉、おにぎり、ソーセージ、ビスケットと、3歳の子猿を「物で釣って静かにさせる作戦」万端でバスに乗りました。
あれっ、思ったより空いてるじゃん!
降車すると目の前はセーヌ川。役所はシテ島。ノートルダム寺院の目の前です。観光客が行列しています。それを横目に、私ったら、爽やかな青空に「騙されてはいけない、もうすぐ、すっごい行列が出現するんだから」と目を三角にして突き進みます。
あれっ、誰も居ない!そしてすいすいと目的のデスクに進める!
そこで聞きたい情報を全て聞き、とても親切なマダムが私の聞きづらかろうフランス語にちゃんと答えてくれます。

帰り道の青空の気持ちよかったこと!そのあとバスに乗って切符を機械に通すと、な何と、「メルシー」と運転手兼車掌さんが言う。めったにないですよ、こんな愛想のよさ。そして車内も、混んでくると、色んな方々が「坊ちゃん、大丈夫?」「お母さん、ここに座る?」と声を掛けてくれる。あれーっ、この親切さ、パリじゃないみたい。

天気ですかね。この突き抜けるような青空と、乾いた風の組み合わせが、人の善心を引き出すのでしょうか。あぁ、ビールがうまい!

Monday, May 17, 2010

エトランゼ、パート2

先日も宣伝させていただいた、ソーシャル・ネットワークサイト「エトランゼ」、皆さんより励ましのお言葉を頂いて感動に酔いしれています(単なるビール飲み過ぎ?)。

コメントも良く頂いている、Maisnonさんのブログに、このような応援エントリーを頂きました。本当にありがとうございます。シャープな彼女のブログ、以前にもこちら紹介させていただきましたが、クォリティー高いんですよ。そんな高品質ブログにエトランゼについて紹介していただいて光栄です。

Jubilancerさんも起業されて、過去の書き込みでは孤独な戦い的な印象を受けたことがありますが、私のこんな小さなプロジェクトでも同様です。独りでああでもない、こうでもない、と思い込みながら進めていると、「完全なる独りよがり?」「私ってバカ?」と不安になることもあります。そんなとき、皆さんの応援でぐっと元気が出て、アドレナリンが沸々と湧いてきます。「明日もやるぞぉ」って。

エトランゼ、少しずつ、本当に少しずつですが、形を成してきました。フランスにかかわらず、全世界の方にアクセスしていただきたいと思います。若い方にも、自称シニアの方にも。外向きの、それでいて大和魂DNAの、そんな同じマインドの方々とのコミュニケーション、居心地良い場所になると思うんだけどなぁ。
まぁ、気が向いたら左の「看板」をクリックしてください。このお洒落なバナーもMaisnonさんのプレゼントです。


★★★ エトランゼ https://sites.google.com/site/etranger137/ 

Sunday, May 16, 2010

家事

日本からカリフォルニアに戻ってきた。すると、東京は元の初夏らしい天候に戻ったらしい。じゃ、カリフォルニアはどうかというと、曇り時々晴れのままの好天。一週間いない間に家にうっすらと埃が溜まり、部屋の隅っこにカスが集い、床も灰色を帯びている。「君がいなくても、家の中はとてもきれいだ。子供たちがちゃんとやっている。」と豪語していた夫の言葉を信じた私は、本当に騙され易い性格なのだろう。我慢していたが、午後には耐えられず、掃除を開始すると、夫が行くところいくところに出没しては、たくさんいる子供の一人を呼び、母(つまり私)の手伝いをするようにと命令する。自分でやった方がよっぽど効率はいいけど、善意を無にしてはいけないので、手伝ってもらう。でも、次第にしびれを切らし、自分でやる。これが、会社で使うか使われるか、経営者になるか職人になるかの違いの気がする。洗濯をしても、掃除機をかけても、埃をはたいていても夫がついてきては様子を見るので、お願いだから好きなように家事をさせてくれと懇願すると、いつも私の後をついて回る犬を引き合いに出し、「チャーリーの気持ちがわかる。」とつぶやき、去っていく。久しぶりに携帯電話のメッセージを聴くと、末っ子からのVMがかわいい。"Uh, Mommy. Welcome back to California. By the way, is it OK if my friend comes over for a sleepover?" たまには、家を離れるのもいいかなと考えてみたりする。

水の眠り 灰の夢

こんな素敵なタイトルの本を読んだ。最近のマイブーム、桐野夏生の本である。

素晴らしかった。出だしから、最後のあとがき(解説)まで、読ませる読ませる。作者を伏せたら松本清張かと思うような社会派ミステリーである。
舞台は60年初期、オリンピック前の東京である。桐野氏は51年生まれらしいから、この時代は少女として金沢の美しい風景の中にいたはず。なのに、この戦後高度成長期を生きたかのような描写でもう唯々シャッポーなのだ。トップ屋と呼ばれた一面の話題をすっぱ抜くジャーナリストの設定もよし、プロットも、そして爽やかで哀しいロマンスも、もう全て良い。

解説は井家上隆之氏が書いているが、コレも良い。すなわち、この本を読むと、高度成長期の「60年代を追体験」させてもらえて、それが「現代の閉塞感から内へ内へ向かう」傾向を突き崩したくなる、「よし、だったらやってやろうじゃん」ってハッパ掛けられる勢いがあるのだ。

そして、こういう作家がいるんだ、って知るだけで、世の中捨てたものじゃない、って思える。
いやぁー創造するって、ホントに素晴らしいですね。(水野晴朗風に)

Friday, May 14, 2010

宿命

今日は私の誕生日なのだ、実は。25歳を過ぎたあたりから、お誕生日を特に意識するわけでもなく、人にはできる限り伏せてその日の通り過ぎるのを待つ。子供や夫がささやかに祝ってくれるのは嬉しい。ところが今年は、一人東京のホテルの一室で誕生日を迎えた。自分の半生をちゃんと振り返りなさいという、神様に似た存在のお達しなのかもしれない。

数日前は大学時代の友人とのディナーでプレゼントをしてもらった。昨日はお昼のランチで友人5人が祝ってくださった。前夜祭のディナーでは、シャンパン・赤ワイン・白ワインのボトル3本空けて友人たちが3人お祝いをしてくださった。当日の今日もランチで友人2人が祝ってくださった。昔、大学時代に地下鉄への近道でよく通り抜けたホテル・ニューオータニのラウンジで。いつもは、自分の誕生日を隠す私が、今回はよく自分でも宣伝してお祝いをしていただいたのは何故かと考える。心を割り、信頼できる友人たちにお祝いをしてもらってとても嬉しい。親や夫の親が覚えていてくれるのも嬉しい。色んなご縁で知り合い、友人として家族として接することになったことは、実はとてもランダムなのを実感する。この時あれをしなければ、この人とは出会わなかった、ということが何度あるか。しかも、そんなランダムな出会いがご縁で知り合った人が自分にとって、今では本当に大事な人々になっていることがなんと多いことか。

特定の神様の存在を信じることのない科学者たちが、理論的に色々追求すればするほど、理論では説明しきれない事実に遭遇し、自己よりも壮大な存在を確信するという。これを神とか宿命とかいうような気がする。

Thursday, May 13, 2010

パリのエトランゼ

今朝のパリも寒いです。正午の今10℃。昨日もそう。空はグレーで足元が冷える。こんな日、私はどうしてか懐かしい気持ちになります。多分、私の中のイギリス、遠い記憶が呼び起こされるのだと思います。

私はその昔の帰国子女。イギリスはロンドンに住んだことがあります。小学校上がってちょっとまでいました。あの頃は幼少の頃の一番の思い出です。取るに足らない思い出ですよ~。Maltesersという、チョコレート菓子や、タフィーと呼ばれるキャラメル、学校給食のこと(えぇ、太ってました)のこととか、家族旅行とか、住んでいた家、学校裏を姉と散策したこと等など。

最近のYoutubeのお気に入りは、Inspector Morseという、刑事物です。オックスフォードが舞台で、2000年頃まで続いたシリーズです。コレを全部見終わってしまったので、今度はMorseの部下だったLewisが主人公になったInsepctor Lewisにはまっています。Morseの役者が亡くなってしまったので、こうなったようです。MorseもLewis、どちらもオックスフォードで起きる殺人事件を取り扱うのですが、「あぁ、イギリス!」的なシーンが一杯。パブでのビール、Lewis、Morseの腹の出方、若い刑事、Hathwayの歩き方、毎回の登場人物の洋服のセンスの垢抜けなさ、これがもう郷愁を誘うこと!

たった三年弱の滞在だったのに、イギリスは私の血に入っています。そりゃ、和食大好きですし、今日のJubilancerさんの東京便りを読むと心が痛みますし、日本人部分が強烈に残っていますが、純血ではない気がします。そうそう、一方でロスに行く度に、あの風にあたると「私、帰ってきた!」とも思います。そう言や私はロス生まれ。

さて、パリ。こうして暮らしていても、全然愛着湧かないですね。何でこんな綺麗な街(建物とかの景観ですよ、そこら中にある犬の落し物ではないですよ)にいるんだろう、って感じが抜けません。Stingの"I'm an Englishman in NY♪"を口ずさみながら、今日は大きなセーターを着て、野暮ったいイギリスおばさん風にしてみました。

東京はどんな天気ですか?

Wednesday, May 12, 2010

久しぶりの東京便り

半年ぶりに東京に来た。第一印象は人がたくさんいるのに、何故か閑散とした感じ。サンフランシスコは人がいないから閑散としていて当然なのだが、面白いなあと思う。電車に乗ると、ああここにいたのね、と言う具合に人はいる。都会にありがちな楽しくなさそうな顔をみんながしている。子供までがなんだか白けた顔つきをしているような気がする。我が家の子供らと思わず対比する。サンフランシスコの郊外に住む我が子たちはなんともおおらかに楽しそうにしているではないか。本人たちに悩みがないわけではないが、自分の未来に対して原則楽観的な気がする。希望に満ちているし、なせばなる何事も、という根拠のない確信がある。東京の子供たちもそんな自信と希望があればいいなあと思う。もちろん、ないわけではないのかもしれない。都会の子供だからクールに決めているのかもしれない。

Tuesday, May 11, 2010

普天間基地問題について

お気に入りのブログ、内田樹の研究室の最新の書き込みにちょっと感動したので、見てみてください。彼はブログ書き込みの転用を許容しているので、ここにコピーも載せますね。

2010.05.11
アメリカから見る普天間問題

普天間基地問題について、アメリカの人はどう考えているのだろうと思っていたら、知人から次のようなテクストがあることを教えていただいた。
しゃべっているのは、チャルマーズ・ジョンソンさん(カリフォルニア大学教授、政治学部長、中国研究センター所長などを歴任。その後、日本および環太平洋地域の国際関係を研究する民間シンクタンク“日本政策研究所”(JPRI)を設立)。
記事はhttp://diamond.jp/articles/-/8060で配信されたもの。その一部を採録する。

―鳩山政権は普天間問題で窮地に立たされているが、これまでの日米両政府の対応をどう見るか。

まったく悲劇的だ。両政府は1995年の米兵少女暴行事件以来ずっと交渉を続けてきたが、いまだに解決していない。実を言えば、米国には普天間飛行場は必要なく、無条件で閉鎖すべきだ。在日米軍はすでに嘉手納、岩国、横須賀など広大な基地を多く持ち、これで十分である。
そもそもこの問題は少女暴行事件の後、日本の橋本首相(当時)がクリントン大統領(当時)に「普天間基地をなんとかしてほしい」ということで始まった。この時、橋本首相は普天間飛行場の移設ではなく、無条件の基地閉鎖を求めるべきだったと思う。

―普天間を閉鎖し、代替施設もつくらないとすれば海兵隊ヘリ部隊の訓練はどうするのか。

それは余った広大な敷地をもつ嘉手納基地でもできるし、あるいは米国内の施設で行うことも可能だ。少なくとも地元住民の強い反対を押 し切ってまでして代替施設をつくる必要はない。このような傲慢さが世界で嫌われる原因になっていることを米国は認識すべきである。
沖縄では少女暴行事件の後も米兵による犯罪が繰り返されているが、米国はこの問題に本気で取り組もうとしていない。日本の政府や国民 はなぜそれを容認し、米国側に寛大な態度を取り続けているのか理解できない。おそらく日本にとってもそれが最も簡単な方法だと考えて いるからであろう。

-岡田外相は嘉手納統合案を提案したが、米国側は軍事運用上の問題を理由に拒否した。

米軍制服組のトップは当然そう答えるだろう。しかし、普天間基地が長い間存在している最大の理由は米軍の内輪の事情、つまり普天間の海兵隊航空団と嘉手納の空軍航空団の縄張り争いだ。すべては米国の膨大な防衛予算を正当化し、軍需産業に利益をもたらすためなのだ。
米軍基地は世界中に存在するが、こういう状況を容認しているのは日本だけであろう。もし他国で、たとえばフランスなどで米国が同じことをしたら、暴動が起こるだろう。日本は常に受身的で日米間に波風を立てることを恐れ、基地問題でも積極的に発言しようと しない。民主党政権下で、米国に対して強く言えるようになることを期待する。(・・・)
日本にはすでに十分すぎる米軍基地があり、他国から攻撃を受ける恐れはない。もし中国が日本を攻撃すれば、それは中国にこれ以上ない 悲劇的結果をもたらすだろう。中国に関するあらゆる情報を分析すれば、中国は自ら戦争を起こす意思はないことがわかる。中国の脅威などは存在しない。それは国防総省や軍関係者などが年間1兆ドル以上の安全保障関連予算を正当化するために作り出したプロパガンダである。過去60年間をみても、中国の脅威などは現実に存在しなかった。
北朝鮮は攻撃の意思はあるかもしれないが、それは「自殺行為」になることもわかっていると思うので、懸念の必要はない。確かに北朝鮮の戦闘的で挑発的な行動がよく報道されるが、これはメディアが冷戦時代の古い発想から抜け出せずにうまく利用されている側面もある。
(・・・)
―日本では普天間問題で日米関係が悪化しているとして鳩山政権の支持率が急降下しているが。

普天間問題で日米関係がぎくしゃくするのはまったく問題ではない。日本政府はどんどん主張して、米国政府をもっと困らせるべきだ。これまで日本は米国に対して何も言わず、従順すぎた。日本政府は米国の軍需産業のためではなく、沖縄の住民を守るために主張すべきなのだ。日本人が結束して主張すれば米国政府も飲まざるを得ない。(・・・)
同じ日本人である沖縄住民が米軍からひどい扱いを受けているのに他の日本 人はなぜ立ち上がろうとしないのか、私には理解できない。もし日本国民が結束して米国側に強く主張すれば、米国政府はそれを飲まざるを得ないだろう。

これは私が海外特派員協会で英国人のジャーナリストから聞いたこととほぼ同一の内容である。
彼は韓国における基地縮小のプロセスを例に引いて、「もし日本国民が結束して米国側に強く主張すれば、米国政府はそれを飲まざるを得ないだろう」という見通しを語った。
私が韓国における基地縮小のための国民的運動について何も知らないと言うと、彼はひどく驚いていた。
日本のメディアはそれを報道していないのか。
韓国民が米軍人や家族に対して、基地周辺でのレストランや商店への入店拒否などの激しい排斥運動を通じて国民の意思を示したということを君は知らないのか。
私は知らないと答えた。
あるいは小さな外信では紹介されたのかもしれないが、これを範として日本列島内の基地の縮小撤去のために国民的運動を起こそうというようにた提言したメディアのあることを私は知らなかった。

私が基地問題について書いていることは前からほとんど変わらない。
それはもう少し時間的にも空間的にも大きな文脈で問題を見た方がいいのではないか、ということである。
滑走路の距離が何メートルであるとか、紛争地に飛ぶのに要する時間が何分であるとか、「くい打ち」だと工費がいくらかかるとか、そういうテクニカルな議論に入る前に、まず「すること」があるのではないかと申し上げているのである。
なぜ、日本国民が結束して米政府に対して「基地は要らない」という要求をなすための合意形成を支援するといういちばん常識的な仕事をメディアは選択的に放棄するのか。
メディアはこの問いに答える義務があると思う。
まだ誰も答えてくれない。
・・・以上、内田樹さんのブログより。

日本の新聞が韓国での動きをしっかり報道していなかっただろう、というの、容易に想像できます。アメリカの政治的な背景も。アメリカが、日本がこれだけ問題が起きているのに、大々的に抗議していないのを怪訝に思うのも分かります。日本人だって、どうなってるんだ、って思っているくらいですものね。
今こそ正念場な気がしませんか。

エトランゼ♪


作ってしまいました。その名もレトロに「エトランゼ」。
日本を離れて暮らす貴方、日本にいるけど、いつか海外に住んでみたい、海の向こうの生活に興味がある、そんな貴方のためのソーシャル・ネットワーキング・サイトです。

何について語る?
それはもう、フランスの話から、日本のニュース、サンフランの一日、ハワイの風、カタールのびっくり、もう何でもOKです。本当に、グローバルに、ミクロに、大好きな桑田さんコミュ、最近の出来事、体調について、ご近所について、仕事に愚痴、結婚生活のトラブル、子育ての情報交換などなど、ネタは切りがないです。どの世代の方にも参加できるようなサイトになるといいなぁ、と思っています。

左にリンクを載せましたので、よろしかったら覗いてみてください。このリンクは、エトランゼ説明ページみたいなところに行きます。そこに、もう少し詳しくサイトについて書いてみました。そして、リンクにまたリンクがあって、「ログイン」と光っているラインをクリックすると、ログイン・ページにいくのです。迷子にならないでくださいね~。

ストレス多い時代なので、皆様のデ・トックス、デ・ストレスの場になれば嬉しいなぁ。夢は広がるばかりです。

Monday, May 10, 2010

集合写真 (パリ便り)


週末に、溜まっていた未開封の手紙に手を付け始めた夫。
目を通すたびに雄たけびが聞こえる。「何だこりゃ(ガスの請求)」「このペテン師(多分銀行明細)」「少なすぎる!(多分給与明細)」
そしてちょっと沈黙があったので覗いてみると、彼の通った、小中高の同窓会報を見つめている。

「おぉ、コレ見て。皆すごくキャラクターでていない?彼ら一人一人の将来がこの写真通して見えるかのように。」
・・・本当。9~10歳位の学年の集合写真。1950年撮影。このクラスの先生を偲んで、という記事に併せて写真が掲載されている。
少年達、「いいお顔して、ハイ、チーズ!」とか言われて撮られているのだろうけど、皆性格が見事に表現されていること!
二マーッと笑う子、シリアスな顔の子、可笑しくて仕方ないのを抑えている子、「なんだよ、これ」ってはすに構えている子、その子の周りに光りが放たれているような子はカリスマってやつ?「うわっ、この子絶対学者になっていると思う」、とか、「この子、ギリギリの青春に飛び込んだにちがいない」とか。もう一人一人、切実なまでに生き生きしていて、生命!って感じ。
この少年、今は70歳くらいかしら。
皆が、元気に充実した人生を堪能して、今黄金の黄昏を迎えていることを胸いっぱいに願ってしまう。

折りしも、今朝、まもなく5歳になる長男の、学校の集合写真を受け取った。おっ、珍しくおとなしい顔して写っているじゃない。ちょっといい子に見える?いいのいいの、何でも。とにかく、幸せに、健やかに、と思う今朝の母猿でした。

Saturday, May 8, 2010

パリ便り

昨日、土曜日の午後は、親戚の子、ルイ君の初めてのCommunion (聖体拝領)を祝うパーティーに出かけました。ルイ君は8歳。幼児洗礼を受けている子供などは、ルイのように、7歳か8歳になると聖体を与ることを許されます。やっと君もここまで成長したね、という思いも込めて祝うのです。

場所はシックなパリ郊外、ベルサイユ宮殿近く。この手の午後の集いは「Goûter(おやつ)」と呼ばれ、ポテトチップスに手焼きケーキのカジュアルなもの(ウチはこれ)からアップスケールなものまであるようです。

昨日のは、シャンパン+結婚式?って思うような、豪華なケーキまである、華やか、にぎやかな集まりでした。右端に映っている冠を、今まさに取り外しているのはルイ君です。

主催者であるルイのお母さんは、夫の従姉妹で、絵に描いたようなブルジョア風マダム。でも、そんな上品な見かけと違って、「ガハハハ」笑いの気さくな人。そのギャップが可笑しくって、普段フランス人のパーティーでは緊張しがちな私も、彼女といると笑ってばかりです。彼女の家族はいつ会っても自然体で健やかなオーラに包まれている気がします。これには彼女のガハハ笑いが一役買っているに違いない。


彼女は4人の子持ちで、前回、会ったのはカタールに行く前だから3、4年前。あの頃はみんな子供だったのに、ルイは幼児だったのに、今回会ったら、長女、次女は私より大きくなっていて、もう立派なYoung lady!夏に再会予定のJubilancer家の甥っ子、姪っ子もこうなのでしょう。心の準備をしておかなくては。嬉しいショックでした。

そして、写真づいている私。これは拙宅前。もう、全仏テニスのシーズンなのですね。うちはローラン・ギャロスの近くで、テレビで試合を見ていると、観客の反響が一秒の時差で聞こえてきます。このあとウインブルドンに移り、そして夏、バカンス。これがこちらの季節の風物詩ってところでしょうか。

標識後ろは今満開のマロニエの街路樹。見ていると気持ちいいけど、花粉よ、もういい加減落ち着いてくれ!

良い日曜日を!

Friday, May 7, 2010

今朝、マルシェで (パリ便り)

毎週火曜と金曜は、家の前の大通りにマルシェが出ます。
兄猿を幼稚園に落とした帰りに寄って、野菜、果物、花などを調達することが多いです。肉・魚はスーパーに比べて割高な気がするし、懇意なスタンドもないので、セコセコ節約派の母猿は敬遠しています。

今朝は、花屋のスタンドでこんなのを買いました。小手毬でしょうか。
いや、ちがいますね。なんだろう。

こちらはてっせん(クレマチス)。夫が好きな花です。カタールに赴任する前に一度チャレンジしたけど、花を咲かすことが出来ずに枯れ果てさせたことがあります。なので、今度は花が咲いているのを買いました。今回はサヴァイブできるでしょうか。「西日は避け・・・」って書いてあるけど、ベランダ、思いっきり西向きです。
ところで、てっせんってどことなく日本的ではありませんか?




マルシェの花屋さん、気持ーち安くって、元気な花が多いので、助かっています。私一人だったら花代もケチってしまいそうですが、夫は花好きなので良く買います。ついでに夫自慢をすると、彼はサラダが好きで、あっさり目の御飯が好きで、日本食も大好物。女性には有難い夫でしょ。欠点は・・・止めて置きましょう。美しくまとめないとね、金曜くらい。

パリは少しだけ暖かさが戻ってきて、午後3時現在14℃です。
皆さん、良い週末を!

Thursday, May 6, 2010

匿名か、実名か。

先ほど、こんなニュースヘッドラインが。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/computer/blog/?1273160283

勝間和代さんという今旬のオピニオン・リーダーと、2ちゃんねるなどを成功させている西村博之氏があるテレビ番組で、ネットの匿名性などに関して 意見が合わず、問題になっている、そんなニュースらしいです。ネットの世界で活躍するお二人の意見、詳しく聞いてみたいけれど、既に映像はブロックされて いました。

匿名性というの、確かに日本の特徴のようですね。Facebookなどは実名でアカウントを作らないと意味ないところありますし。

私はどちらでも良いと思います。実名を推す方たちは、自分の言った事の責任の所在をうやむやにするな、ということでしょう。これは確かにそうで す。でも、トピックによるかなぁ。経済とか、政治とか、そしてそのネットの書き込みに大衆を率いる、扇動するような力があるなら実名がいいでしょう。

そうでないならどちらでもいいし、実は、私は匿名って面白いこともあるなぁ、って発見したクチ。

ブログでも、SNSへの書き込みでも、LazyElephantという匿名 を使うのが殆どです。なぜ、LazyElephantかは、意味があってないようなものなのですが、この名で書いているときって、自分であって自分でない ような、LazyElephantという、ちょっとのん気でのっそりとしていて、優しかったりする、そんなキャラクターに乗り移られているような、いない ような。
ほら、メール人格って言うでしょ?あれと同じで、ブログ人格、SNS人格ってあると思うのです。これ、匿名だから、そうなれるというか、よりた易くトリップ できるところ、あると思う。

実名でなくてはダメ!ってやってると疲れちゃいますよね。ネットって、実用的なツールだけど、一方でフンワカで怠惰なひと時を漂う場所でもある し。
使い分ければいい、自由にしたらいい(もちろん犯罪行為でなければ)と思います。

Wednesday, May 5, 2010

San Francisco 春便り

ここのところすっかりご無沙汰のブログ。何故かというと、新築豪邸の掃除、修理やら点検に明け暮れて発狂寸前になっていたからである。おとといは、点検やらで家を数時間空けなければならず、チャーリーを連れて20分離れた太平洋に面したビーチにいってきた。月曜の朝とあり、普通の人間は学校や仕事に行く時間なので、海には波を求めるサーファーおじさんと、幼い子供を連れたお母さん、そして犬の散歩の人々しかいない。チャーリーはぐうたらを絵に描いたように、本を読む私にピットリくっつき日向ぼっこ。他の犬のように海に入ったりボールを追ったり、他の犬にちょっかいを出したりしないのだ。飼い主によく似てぐうたらなのだ。お昼は久しぶりに元同僚のロザリンとランチをし、学校の終わるころに家に戻ると、まだ、点検をしているではないか?じゃ、近所の丘に行こうかとチャーリーを連れて行く。昔テレビでみた大草原の小さな家のテーマ音楽とともに出てくる緑豊かな丘を想像してほしい。これと同じ丘が我が家から5分のところにある。ゴールデン・ゲート・ブリッジを眺め、アルカトラズがぽっかり浮かぶ湾を眼下にする素晴らしい景色に感心するどころか、犬はもう嫌だと座り込む。全く持って怠惰なやつ。好天続きのサンフランシスコ近辺は今が一番の季節である。

Tuesday, May 4, 2010

ベランダより (パリ便り)

正確にはベランダの内側より、です。外に出たけど、寒くって一瞬しかいられません。ベランダの気温計は8℃を指しています。雲はあるけど、青空の午前7時半。パリの殆どの幼稚園は水曜日はお休みなので、いつも朝はキリキリの母猿も、まったりモードの朝です。

フランス、何故か冷気に包まれているようで、南の方では雪も散らついたとか。昨日、マルシェの青果屋さんは耳あて付の真冬の帽子を被っていました。
そういえば昨日のパリは風が強くって、マロニエの種(花粉?)が飛ぶことイナゴの大群のよう、というのは大げさですが、道の吹き溜まりに黄土色の絨毯を作ってました。メトロに乗ると、座っている人の頭、肩、背中、皆一つはマロニエの種を付けて運んでいて、このうちの一つは大木になるのか、どうか。デービッド・アッテンボローさんに追跡してもらいたいです。

この天候で思うのは、「やはり春が苦手」ってことでしょうか。気がソワソワしてはそれで疲れて。空に花粉、ベランダによく来る番いの鳩達も落ち着きないし、桜はきれいだけど、散ってしまうし。3年間滞在したカタールには春がなかったので、忘れていました、春の対処法。
まぁ、あと一、二週間もすれば、初夏らしくなるでしょうし、この不安定な天気も楽しむことにします。
そうそう、野菜や果物が美味しくなってきたのは、春の喜びですね。
昨夜はある方のブログのレシを、大幅にずるして大型にし、更に木苺を加えてタルトを作りました。写真を載せればいいのだけど・・・。 (中断、写真撮ってきます)
撮るほどのできではなかったですね。でもまぁ一夜明け、120度まで減っているので、味は良かった??








見た目イマイチの写真の口直しに、この写真。雑草?




 雑草は雑草でもなんと、野生の蘭らしいのです。先日、田舎の原っぱで群生しているのを見つけました。
根っこごととってベランダに植えましたが、この排気ガスの街、パリでサバイブできるでしょうか。

ではでは、良い一日を!

Monday, May 3, 2010

寒いです、今日のパリ

現在午後五時半、気温は10度。通常なら西日がビシバシの時間帯なのにグレーの空に雲が秘かに動いている。怪しい感じです。

でも、こんな空模様もたまには良し。ずっと晴れていると気が張ってきたりしませんか?こう、晴れているのに、何かしないともったいないって感じで、プレッシャーが掛かる。私だけですかね。

今日は気持ちが静まって、と言いたいところですが、そうでもなかったかも・・・。とにかく、今宵はワインをすすって、ゆったりと過ごします。

Sunday, May 2, 2010

休暇の効用 (パリ便り)

日本はゴールデンウィーク真っ只中でしょうか。こちらパリは、今日で春休みが終わりになります。
パリは20℃、お天気雨が降ったりする不安定な空模様です。子猿達は虹が出るんじゃないかと、雨が上がるたびに空を仰いではソワソワ。

春休み最終日、うちも先ほど、義両親の田舎の家より戻ってきました。心配された渋滞もなく、空き巣に入られることもなく無事に帰還できて、ほっとしています。

田舎では、のんびり、のんびり、家事と散歩と漫画を読む以外は何もしませんでした。特記事項は、長男と原っぱを散策したこと、夫とテニスの真似事したこと、次男の寝込みを襲って散髪したこと、そんなところでしょうか。漫画はエカテリーナ二世を読みました。歴史を漫画で、というのは、なんて賢いことでしょう。ブラボー、ジャパン・サブカル!次はナポレオンに手を付けます。これで義両親とのカルチャーな会話も怖くないってものです。

休暇は良い気分転換になりますね。
帰りの道中、色んなアイデアが浮かびました。プロジェクトのこと、部屋のインテリアのこと等々。明日、子猿達を幼稚園、託児所に送り込んだら、あれやるぞ、これするぞ、とやる気一杯です。

そうそう、明日は乳ガン予防のマモグラフィーの定期健診もしてきます。エライ?しばらくされていない方、受けてくださいね。私は年に一回受けるようにしていますよ。