Tuesday, May 25, 2010

世界市民

夫がいないことをいいことに今宵の夕ご飯は無礼講でいくことにした。末っ子曰く夫は「I am right!」な人間なので、時々扱いが大変だそうだ。それに対して私は至極いい加減なので扱いやすいようだ。

我が家は子供が5人、内一人は大学生で東京在住、続く二人も三年以内に大学へと巣立つ予定。先を見越して、年をとったら2ヶ月おきにみんなの家に居候し、残る2ヶ月は我が家にみんなを招くという案を提示してみた。案外、あっさり受け入れられた気がする。刷り込みは若いうちにするのが一番と実感した。

次のテーマは、次に住む街ということで、東京、ロンドン、ニューヨーク、パリ、シンガポール、香港、シドニー、今のままサンフランシスコで統計を取ってみた。4人中3人は、英国調の英語を身に付けるためにロンドンを選び、変化を好まない次男は今のままサンフランシスコという結果。英国調とは何かといえば、語尾を上げずに下げる、"trash can" = "rubbish bin", "restroom" = "loo", "crazy" = "loony", "french fries" = " crisps" ということらしい。カリフォルニア育ちにはたまらなくクールらしい。

ところで次男には、東京に行けば、君のような素敵な男の子は女の子にもてまくるという甘いささやきにも、「なんてささやいているのかわからない。」という反応である。行けばわかるさ、と無責任に煽ってみるけど、次の世代はこうでなければいけないと思った。国境、文化、言語の隔たりなく自分の幸せを求めるべきなのだと。ところが、次男いわく、親のプレッシャーで学業に励み、軌道に乗っているのに異文化に入るとその計画は台無しという。そこで母なる私は、まじめに対峙することにした。学業は親のためではなく、自分のためであると。。。自分が幸せではないと感じるのであれば、学業に励む必要はなく、母としては、土管工でも庭師でもサーカスのライオン使いでも本人が幸せならば全く構わないと話す。本当にそう思う。人生半ばにして、自分のキャリアを振り返ると、やはり一番楽しいと思うことをするのが良いのだろうと思う。すると、次男も、そう言われて、自分でも学業を達成し、いい大学に進みたいと思うとまじめに答えていた。

時には、こうして認識の相互確認をすることが家族でも必要な気がするが、皆さんのご家庭はいかがでしょうか?ご意見をください。

4 comments:

  1. 繊細な子供って、親の望みを察知して、親の願いに添おう、と思うこと多いようで。
    夫は親の願いであったエンジニアリングに進みましたが、後悔しているみたい。昔からフランスはエンジニアリングを国策的に推していたというのとかも影響したと思う。生きていくにはレールに乗るべし、みたいな。

    今だったら、好きな文学に行ったと思うって言っています。そして、18才前後で、自分の将来を揺さぶる選択を強いるのは酷だと思うって。私も同感です。日本だと、文学部卒の銀行員も多いし、そこら辺いい加減でいいのかも。

    ビジョンがあるコならいいけど、そうでない凡人だと、子供時代好きだったことってそんなに意味なかったりしませんか。
    一方で、「貴方は何になりたいの、何が好きなの」と問って、考えさせるのはいいことだと思う。今の時代、「何となく」とか、「そういうもんでしょ」的なダラダラ、ひねひねの怠け象が多いと思うから。

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  2. 一番好きなことをやる、というのは案外難かしいことなんだと思う。そして、楽しいのが一番なんだろうけど、楽しめ!と言われるとそれも容易ではない。おそらく、好きなことをやることも、楽しむことも、才能や努力が必要なんだろうとつくづく思います。。。

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  3. 私はバイヤーになりたいと思う。それも、いい本とか、きれいな布とか、心を豊かにしてくれるものを見つけては買い付け、どこかに流通してもらうバイヤー。そして、捜していない時は、いろんな場所で水泳をしたり、主婦をしたり。これはとても面白い仕事で楽しい生活のような気がしてならない。

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  4. 私は演出する人になりたいです。映画でも音楽でも。夢ですが。

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