Monday, September 12, 2011

ママはチアリーダー

パリでは先週から新学期が始まりました。

学校始まる前から、持ち物の長~く、不明瞭、不正確なリストを片手に、母猿は文房具店、本屋を駆け回っておりました。なぜ、学校は存在しない教科書をリストに載せるのでしょう?まぁいいや。

そしていよいよ先週月曜日は本番。登校でした。

弟猿は幼稚園、兄猿は小学校、そして今学期は、アメリカ育ちの13歳の姪っ子も預かっているので、中学にも行きます。

この一週間、弟猿はいつも泣きそうな顔を一所懸命こらえながら、無理に作った「Happy Faceスマイル」で手を振り、兄猿はムッとした顔のまま「ママ、キスとハグ(抱擁)は?」と要求し、従順に従う母猿に、濡れた唇を押し付けて、「じゃ、 行っていいよっ」とこれまたムッとしたまま旅立つ。彼なりに不安で一杯なのでしょうが、泣き顔にならないように、ムッとしてごまかしているんだと思いま す。

そういえば、夫は会社で今壁にぶつかっている時期で、ちょっと辛そう。そんな彼、今朝も、「行くか。行くしかない」と自分に言い聞かせながら出勤して行ったっけ。

姪っ子は、多分不安も一杯あるんだろうけど、持ち前の自立心と好奇心を奮い立たせて、「大丈夫、行ってくる!」と異国の学校に向かう。

皆偉いなぁ。
いやなんだけど、しょうがない、といって頑張って社会に飛び込んでいく。
先日読んだ、大江健三郎の、「仕方ない、やるか!」という話を思い出します。これは、障害者の親はきっと誰もが、ある時点において、「仕方ない、やるか!」と立ち上がり、子育てをしている、という話だったかと。

母猿の役目は家族を、この「仕方ない、やるか!」という気持にさせること、「仕方なく」頑張ったその先には、「充足した気持」という最高のご褒美が待っているよ、ということを匂わせること、かな。

皆、フレーフレー!頑張れ~!
今週も泣かずに頑張って欲しいです。どうなることやら。

Sunday, September 11, 2011

夏太り

夏ばてでやせることはあっても、夏太りは世界広しといえど、私一人に違いないと思っていた。ところが、反省を込めて泳ぎに行ったプールでばったりの友人も必ず夏は太ると言っていた。それはなぜかというと、アルコールとおつまみ、そして旅行や子供の面倒で不規則な生活になるからだと、彼女は言う。対処法のしては、やせるまで体重計に乗らない(彼女)と、体重計に乗ってショックを受ける(私)と、対極的だが、子供たちも学校に戻り、生活が通常に戻ったので、私らもパワー・ウォーク(という名の散歩おしゃべり会)を再開して体重を落とそうと約束した。

さて、馬肥ゆる秋に、どうやって臨めば良いのか、思案しているが、今日もご近所の友人に招かれておいしいディナーが待っている。当面はあまり成果が上がらないかもしれない。

Friday, September 9, 2011

9・11を目前にしておもうこと

早くも10年がたとうとしている。9・11が、西海岸移住のきっかけだと自分では思っている。2005年の移住なので、反応が遅いことは確実だが、毎日テロ予防策を考えながら通勤するのに疲れ果てたのと、キャリアをめぐるポリティックスに燃え尽きたのがちょうど時期的に重なったのだ。NYに住む人々の反応はさまざまで、記念日には家族で毎年NYを離れる友人もいれば、何事もなかったように過ごす人もいる。今週末は、友人が久しぶりにNYから遊びにくるので楽しみなのだが、一方でSoraさんなどはちょうどNYに出張で行っているようだ。 9・11関連の記事を読むと未だに胸がつまる。たまたま出張当日で自宅にいたため、TVでビルが崩壊するのをリアルタイムでみて、あわてて子供の学校に走っていって無事を確認したことや、夫が何を思ったか歯医者に行ってしばらく行方不明になっていたこと、空港まで送ってくれるためにきたリムジンの運転手さんの動揺ぶり、などなど、まるで昨日のことのように思い出す。10月にはいると、連日のように聖パトリック・カトデアルでバグパイプの演奏を背景に消防士さんの葬式を通り抜け、通勤したこと、その当時勤務していた銀行の予防訓練の誤発に驚き、ごみ箱を飛び越え、一目散に非常階段を駆け下りていった巨大なイタリア人のおじさんのことなど面白悲しく思い浮かぶ。

Wednesday, September 7, 2011

パリで頑張る日本人

昨日は沢山の日本の方々に逢う機会がありました。

まず、朝。
子猿達を学校に送った帰り道、ご近所の顔見知りさんがジョギングウエアに身を包まれ軽快に走っておられるのに遭遇。
「おはようございます!」と挨拶を交わしながら彼女はブローニュの森に吸い込まれていきました。すれ違ったあと、私も何故か小走りになったりして。
走ることに夢中になられているとのことですが、大人で「夢中なこと」があるのって少数派ではないのでしょうか。
いや~、爽やかでした。

そのあと、マレ地区に足を延ばし、友人のシェフ・ミサトさんの職場にお邪魔してみました。
 ほっそりとした身をシェフズ・ジャケットに包んで、美味しい食べ物を精力的に生み出す彼女。三人の幼児を育てつつ、起業され、グルメの街パリで料理人と してやってく決意をされたミサトさん、勇敢です、かっこいいです。 それでいて謙虚で自然体で。
もう素晴らしいったらないです。

お昼は日本語教育に関する懇親会があり、出席者皆様は日本人、初めてお目にかかる方が殆どでしたが、そんな皆様の個人的な体験を伺う機会を頂きました。人の数ほどドラマがあると言いますが、本当にそうなんだな、と実感して帰宅。

そしてお迎えの時間はあっという間に来るのです。
子猿達の新しい学校、始まって二日目にして既にお二人ほど日本人のお母様とお会いしました。このどっぷりと「おフランス」している学校にも日本人の方がいらっしゃる。
先のお昼の懇親会でも、日本人の海外在住者の数が倍速で増えている、と伺いましたが、本当にまぁ、と実感する今日この頃です。

果たして、この現象は日本が住みにくくなっているからなのでしょうか。

一方で、先日のエコノミストに、若い日本人は海外志向が低くなっており、海外留学生の数が80年、90年代に比べると軒並み酸くなっているとありました。英語力もかなりまずいという。

この二つの相反するデータは何を意味しているの?

そして、ふと気づくのは、私の周りで元気に海外生活を謳歌している方、海外で活躍している日本人の殆どが女性であることです。ただ単に、私(女)の行動範 囲な為 せる業かもしれませんが、日本は女性には生きにくい国であり、一方で大和撫子は勇敢なので、海外に飛び出し、幸せを求めていることが多い、という自分本位 な仮説を立ててみたり。

会社の留学制度があてがわれるのは得てして総合職=男性だから、エコノミスト誌が言うように、留学希望生が少なくなっている、というデータも生まれたのではないでしょうか。

男性にも公平にしなくてはですね。女性は男性よりも社会的足かせが少なく、自由が許されると言うところもあるのでしょう。(男性も自由になって欲しいな。我慢しすぎるは危険です。)

夕方は、子猿達のピアノの先生とのお別れがありました。
フランスに音楽留学をされてましたが、ご家族の介護のために日本帰国されることになったのです。こういうときに頼られてしまうのもやはり女性であるわけで。

とにかく頑張れ、大和なでしこ!日本でも海外でもいいから幸あれ!と強く願うのであります。

Monday, September 5, 2011

テレビっ子のサーティワン

長いこと海外に住んでいると、日本の芸能情報についていけなくなります。嵐もAKBもわかりません。テレビドラマのストーリー紹介読んでも、こんな のが受けるの?って感じです。ただ単に私が年取ったのかもしれないけれど、やはり、私がテレビっ子だった70、80年代はテレビの成熟期だったのではない か、と勘ぐっています。

というのも、先日、テレビドラマについて思い出す機会がありました。
私のお気に入りは「ムー一族」。ご存知ですか。
樹樹キリンと郷ひろみの「林檎殺人事件」が売れたお笑いドラマです。大好きな伊藤四郎が足袋屋の親父で、郷ヒロミは三浪中の次男で、トイレに行くと近田春夫が出てくるという、かなりシュールでふざけたストーリー。

その他にも、「ちょっとマイウェイ」とか、向田邦子モノとか、「傷だらけの天使」とか、「俺達は天使だ」、とか、「俺達の旅」でしたっけ、思い起こせば切がないほど、秀作のドラマが沢山ありました。
バラエティーも、なんといってももドリフターズがいて、あとザ・ベストテンとか、ベストヒットUSAとか、夜のヒットスタジオとか、もうその日は楽しみにして夜を待っていたものでした。

テレビを観なくなったのは、90年代です。あのショッキングピンクの字幕テロップがでて、お笑いの人のセリフを強調するように出すようになったあの頃から、テレビを観ると疲れるようになったのです。仕事初めて精神的にも疲れていたのでしょう。

こんな風に昔を懐かしむアラフォーオバサンのつぶやきを続けさせていただくとすると、もう一つ、わが青春の思い出に欠かせないものとして、サーティワンのアイスがあります。

あ る年の誕生日ケーキ、母が用意してくれたのは、たしかサーティワンのアイスをはさんだアイスケーキで、本当においしかったですし、中学の頃駅裏のサーティ ワンに、さやかちゃんと一緒に寄って食べたわ食べた。夏はオレンジ・シャーベット、冬はロッキーロードにベリーベリーストロベリー。ダイキリの涼しげなペ パーミント・ブルーにうっとりし、ジャマイカなんとかでコーヒーの美味しさに目覚めた・・・。何よりも、当時はビリージョエルの「オーネスティ」が流行っ ていて、竹内まりやもまだ不倫の歌を歌っていなく、「私、アメリカ留学帰りよ」的な歌を歌っていたし、私の中ではアメリカ文化への憧れが積乱雲以上にモク モクしていたころでして、アメリカから来たサーティーワン・アイスは「This is America!」って感じだったのですよ。ミントチョコアイスを食べてはアメリカの西海岸あたりのハイスクールガールになった気分を味わっていたので す。

その後、ビリージョエルはアップタウンガールと離婚し、日米関係の暗い歴史を知って無邪気に大好きと言えなくなり、サーティワンよりハーゲンダッツが売れ、と時代は変わりました。テレビもケーブルやインターネットとか、メディアの多様化で複雑らしいし。

良い時代に青春を送ることができた、とまとめることもできるけれど、やっぱり、今をもっと良い時代にして欲しいな、と思います。どうなんでしょ、そこら 辺。日本に住んでいると、今のテレビもアイドルも、きらめいているのかしら。今、このグローバルな世の中、何かに対する強烈な憧れとかって存在しているの かしら。

ところで、同世代の友人との会話で、「やはりサーティワンはイケてるね」という結論です。ハーゲンダッツ、美味しいけれど甘すぎるし、高すぎる。Ben &Jerryも別にへぇーって感じだし、ジェラートは私の中では別枠ですし。
パリにあるのでしょうか、サーティワン。ご存知の方教えてください。

Friday, September 2, 2011

ワインめぐり


珍しく優雅なランチを頂いたのは、赤ワインのおいしいポイヤックPauillacというボルドー地方のChateau Cordeillan-Bagesというホテル・レストラン。これはガンバスとアスパラガス三昧の一皿。おいしいワインと頂くと幸せこの上ない。隣のテーブルではマナー教室を兼ねてランチを楽しむ中国人4人。そして、びっくりなのは、北海道出身のソムリエさんが日本代表として頑張っているのを発見したこと。日本人は本当にどこに行っても必ず会う。ガラパゴス化現象というけれど、好奇心旺盛な日本人は世界の隅々まで進出しているというのも事実である。頼もしい。




Thursday, September 1, 2011

自然の成り行き


 些細なことなのですが、なるほどねぇ、と思うことが。

一昨日の夜、子供にせがまれて、ドラえもん全集を読む羽目に。この夏休み用に、日本語補修校から借りた分厚い漫画本です。
この二ヶ月、彼らの日本語力、日本文化力に合う、そして静香ちゃんの入浴シーンを覗いて、「へへっ」という、痴漢養成的な展開のないエピソードを 拾い選んで読み聞かせしてきましたが、ふと気づくと、最後のエピソードでした。「返却日の前に読み終わってよかったわぁ」と思っただけの出来事。

昨夜は、別の本を持ってきて、「読んで!」という。海賊ポケットね、はいはい。これも夏くらいから読み出した本。文字数が多い本なので、まだまだ続くと思っていたら、あれ?これも最終章でした。

そして、気づくと長かった夏休みも明日でお仕舞い。私も子猿達も、この本達、別に暦を意識して読んでいなかったけど、夏の初めに読み始め、夏の終わりに読み終えました。

そうそう、昨日は、兄猿は幼稚園のマブ達とお遊びデーでした。時折預かりあっていたので、私の中では「じゃ、来週は私が・・」というノリでしたが、そうか、もう新学期始まるから、そうは行かない。じゃ、学童で逢うし、と思っていたら、スケジュール的に合わないよう。
来週からは小学校、兄猿とマブ達君は別の学校へ行きます。
「もう逢えないのね。」
「いや、私達は逢いましょう!」
でもそれが現実的に難しいことも知っている。毎朝のように「ボンジュール!」と声を掛け合い、先生の愚痴を言ったりしていた彼女とも、そんな気安い付き合いはお仕舞い。お母さん同士はハグ&ビズ(キス)の涙の別れです。当の子供達はまだ別れが何か知らない。

気づかないところで、色々なことが夏の終わりに向けて終結していた、そんな気がしました。

で、思ったのが、世の中って、こんな風に、始まりと終わりが来るんだなぁってこと。よく言う、「自然にそうなった」というヤツ。
でも、実は、この「自然」って、単なる自然ではないと思うのです。だって、そうだとしたら色々なことが偶然過ぎると思うのです。この手の自然は、実は色々な人々の「気」(含む祈り)が、集まったとき、同じベクトルを向いたときに、「自然とそうなる」的な事象が発生するんだと思うのです。ドラえもんも、きっと潜在化で、「夏によく読んだな、この漫画。そろそろ終わりにしようか」という子猿達の潜在的な思いがあったりしたのではないか。海賊ポケットもそう、昨日のお遊びデーをセッティングした背景もそう。誰もがうっすら夏の終わりを感じていたから、「じゃ、そろそろ、これも終わりにしましょうか」とい無意識の認識があったのではないか。

わかりにくいですよね。

とにかく、夏休みも終わりです。
無事に無事故で平和に、そして沢山の笑顔を見て終えたことに感謝するばかりです。