Thursday, September 1, 2011

自然の成り行き


 些細なことなのですが、なるほどねぇ、と思うことが。

一昨日の夜、子供にせがまれて、ドラえもん全集を読む羽目に。この夏休み用に、日本語補修校から借りた分厚い漫画本です。
この二ヶ月、彼らの日本語力、日本文化力に合う、そして静香ちゃんの入浴シーンを覗いて、「へへっ」という、痴漢養成的な展開のないエピソードを 拾い選んで読み聞かせしてきましたが、ふと気づくと、最後のエピソードでした。「返却日の前に読み終わってよかったわぁ」と思っただけの出来事。

昨夜は、別の本を持ってきて、「読んで!」という。海賊ポケットね、はいはい。これも夏くらいから読み出した本。文字数が多い本なので、まだまだ続くと思っていたら、あれ?これも最終章でした。

そして、気づくと長かった夏休みも明日でお仕舞い。私も子猿達も、この本達、別に暦を意識して読んでいなかったけど、夏の初めに読み始め、夏の終わりに読み終えました。

そうそう、昨日は、兄猿は幼稚園のマブ達とお遊びデーでした。時折預かりあっていたので、私の中では「じゃ、来週は私が・・」というノリでしたが、そうか、もう新学期始まるから、そうは行かない。じゃ、学童で逢うし、と思っていたら、スケジュール的に合わないよう。
来週からは小学校、兄猿とマブ達君は別の学校へ行きます。
「もう逢えないのね。」
「いや、私達は逢いましょう!」
でもそれが現実的に難しいことも知っている。毎朝のように「ボンジュール!」と声を掛け合い、先生の愚痴を言ったりしていた彼女とも、そんな気安い付き合いはお仕舞い。お母さん同士はハグ&ビズ(キス)の涙の別れです。当の子供達はまだ別れが何か知らない。

気づかないところで、色々なことが夏の終わりに向けて終結していた、そんな気がしました。

で、思ったのが、世の中って、こんな風に、始まりと終わりが来るんだなぁってこと。よく言う、「自然にそうなった」というヤツ。
でも、実は、この「自然」って、単なる自然ではないと思うのです。だって、そうだとしたら色々なことが偶然過ぎると思うのです。この手の自然は、実は色々な人々の「気」(含む祈り)が、集まったとき、同じベクトルを向いたときに、「自然とそうなる」的な事象が発生するんだと思うのです。ドラえもんも、きっと潜在化で、「夏によく読んだな、この漫画。そろそろ終わりにしようか」という子猿達の潜在的な思いがあったりしたのではないか。海賊ポケットもそう、昨日のお遊びデーをセッティングした背景もそう。誰もがうっすら夏の終わりを感じていたから、「じゃ、そろそろ、これも終わりにしましょうか」とい無意識の認識があったのではないか。

わかりにくいですよね。

とにかく、夏休みも終わりです。
無事に無事故で平和に、そして沢山の笑顔を見て終えたことに感謝するばかりです。

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