Friday, July 29, 2011
起業家
末っ子のことばかりで何かと思うが、M君はX box 360なるものが欲しくて、仕事を始めた。メンバーが100人ほどいる地元の情報交換助け合いメール・グループに、仕事があったら教えて欲しいというメールを出した。すると、地元の新聞のおばちゃんが近所のオフィスにいる人たちはお弁当の買出しをしてくれる人がいると助かるのでやればと勧めてくれたのみならず、紹介状も書いてくれるという。まさにお墨付きである。初日はおばちゃんに連れられてオフィスの人々に挨拶に行き、2日目には初仕事で5ドルもらったと喜んで帰ってきた。そして、3日目の今日は、自分でも新たな顧客を開拓し、10ドルもらったという。しかも、友人に紹介されて、時給10ドルの事務整理の仕事の面接に行き、その足で雑草取りの仕事を近所で済ませ、合計30ドル儲かったという。忙しく、スケジュールを気にする生活は張り合いがあって気持ちいいと、感想を語ってくれた。これぞ、起業家精神かなあと、感心した。
最近自分に思うこと
先週末は末っ子M君の12歳の誕生日で、念願の遊園地に友人3人を連れて出かけた。子供たちと待ち合わせ場所を決め、開放して数時間。せっかく入場料を払ったのだから、何か乗り物乗ろうと、おろかにも言い出した私。夫に連れられ、一番大きなジェットコースターへと向かう。腹筋と大腿筋に力を入れると、全然気持ち悪くならないなぞと嘘っぱちを信じ込み、死の恐怖を味わい、絶叫と涙で疲弊したからだを引きずりながら退散した。ようやく見つけた子供らに、じゃあ、帰る前にのるといっていた例のジェットコースターに行くように促す。意地悪ではなく、そろそろ帰りたいので、これを経験しないことには帰らせてもらえないと思ったからだが、彼らは口々に言い訳をしては、本当は乗りたいけど断念すると言うではないか?遅ればせながらやつらの手口がわかった私としては、自分だけが馬鹿を見るのはたまらないので、必死に勧誘する。それを横目に夫は私の魂胆を見透かし、哀れみの眼で傍観する。結局、命の縮まる思いをしたのは、私だけではないか?!
これぞ、私の人生のパターンに見えてきた。ナイーブにも人を信用し、大きなリスクをとり、疲弊し、逆襲にかかるも、相手にされず。。。。これから先は、この怖い思いを肝に銘じて注意するとしよう。
これぞ、私の人生のパターンに見えてきた。ナイーブにも人を信用し、大きなリスクをとり、疲弊し、逆襲にかかるも、相手にされず。。。。これから先は、この怖い思いを肝に銘じて注意するとしよう。
親にできること
バカンス中、義理の叔母と一緒でした。昨年もそう、一昨年もそうだったかも。
この叔母、親戚からは、いわゆるお荷物扱い。
60過ぎた今まで生涯独身、子供はいない。ちょっとヒステリー傾向、被害妄想の気あり。良家の出身ということに誇りも持ち、プライドはメチャ高いけど、そのケチなのには度が付くほど。話は長く愚痴っぽい。家事能力はびっくりするほど欠如している。
他の家族が敬遠するのもわかるでしょ?
でも、バカンス中、ずっと一人なのも気の毒だし、バカンス中、気が向くとうちの子猿達に本を読んで下さったりもするし(それも抜群の演出力あり、なので子猿達大喜び)、長い話も自分のことを中心に家族の話などよく好むのですが、時折、意外なほど洞察力を見せるので面白いときもある。「えっ、また一緒?やられたなぁ」っていうくらいの負担です、私達としては。
笑える(泣ける?)ことに、バカンス前になると叔母から「貴方たちの予定は?」という打診があり、いついつどこへ、と答えると、「あら、偶然!私もその予定なの」っていう。素直に一緒していいかしら、と言えないのでしょうね。もしくは今までにそう聞いて断られたことがあるのかもしれません。
Anyway、
彼女お得意の家族の「サガ」話。これが本だったら今10巻目くらい、話が進んできました。結構面白い。
彼女の両親から始まって、兄弟の生い立ち、教育、巣立ち、仕事、と詳細にわたって語ります。間に戦争あり、離婚あり、破産、海外逃亡あり。
この彼女の両親も、兄弟も面識ある程度ですが、どの方も、品が良くって、感じよく、社会的に合格、成功しているように見える人達です。でも叔母の話を聞いていると、うん、確かに暗い側面も持ってそうだし、そんな楽勝人生なんて存在しないですものね。
そして叔母本人については、というと、
「幸せな子供時代を過ごさせてもらった」と珍しく前向き。自分の両親は人間としては不完全だったけど、親としては素晴しかった、と。母からは素晴しい教育や人生の指針を受けたし、父からも愛情も沢山受けたっていう。
でも本当にそうかしら。
生前の彼女の両親からは、そんな印象は受けなかったけどなぁ。いつも叔母をドン臭い娘としてうざったそうにしていたと思う。
それに、人生の指針って何?叔母は何回か恋に似たことがあったそうだけど、その度に、ブランド意識強い母親が「そんな家の出の人なんて駄目です」「そんな外国人なんて駄目です」(←これ、共に私に当てはまるんですが…)とひねりつぶしたって、お陰で結婚のチャンスを逃したって、恨みがましく言っていたじゃない。両親のことを美化したいのでしょうが、そんなの、もういいよ、正直になっていいよ、と思ってしまいます。
それにしても、叔母の話は僻みも混じっているから話半分なのでしょうが、どの人も見事に不幸というか、不完全というか。皆人生の落後者、もしくは「ひでぇ奴」ですよ。叔母の語りはその人達の親、先祖の代から始まり、その人達が人生の終焉を迎えている今、で最終回を迎えます。
そんなのを聞いていて思ったことは、
親が子供にしてあげられることって、何か?
ってことです。
叔母の話聞いていてもそうですし、私の少ない見聞でも、親が子供によかれと思って、指導したり影響を与えていることが、かえって、その子供の可能性を狭めていたり、コンプレックスや洗脳となっていたり、自由に考えたり感じたりすることに足かせ掛けられていることが多いように感じられます。
じゃ、せめてお金でも残すこと目指すか?
いや、程度によるけれどお金を持っていても、それが必ずしも子供の幸せに繋がっていない。不幸の種のことの方が多いのでは。
また立派な見本、背中を見せているだろう人格者の子供が、健康に成長しているかというと、必ずしもそうでもないし。
教育熱心ねぇ。ある程度は大切かもしれないけれど、お受験的な熱心さは、プラスの量より、マイナス要因の方が多い気もします。なんというのですか、子供の幸せにつながっている感じがしない。
一方、反面教師的な親を持つことは、子供にとっては不幸なようでいて、その不幸を乗り越えたときの見返りが大きい気がする。ま、かといって、悪い親を目指すってのも変な話だし。
とウダウダ。
いや、一応結論はあるんですよ。
親が、大人が、子供にしてあげられることは、愛情を注ぐことしかない。
愛情をいっぱい注いで、「愛される自信」を身に付けさせ、あとは勇敢に自分の人生を漕いでいくのを見送るしかない。失敗しても彼の人生だから、と、ある程度切り離して見守るしかないのだと思う。
具体的には、というと、余計な口出しはせず、子供達の意思を尊重して、だまされる覚悟をもって信頼する。
さて、バカンスも終わり近づくと叔母の話も、片耳に耳栓して挑みます。
反動か、夫と二人っきりになると、妙に無口になってしまうこの頃です。
この叔母、親戚からは、いわゆるお荷物扱い。
60過ぎた今まで生涯独身、子供はいない。ちょっとヒステリー傾向、被害妄想の気あり。良家の出身ということに誇りも持ち、プライドはメチャ高いけど、そのケチなのには度が付くほど。話は長く愚痴っぽい。家事能力はびっくりするほど欠如している。
他の家族が敬遠するのもわかるでしょ?
でも、バカンス中、ずっと一人なのも気の毒だし、バカンス中、気が向くとうちの子猿達に本を読んで下さったりもするし(それも抜群の演出力あり、なので子猿達大喜び)、長い話も自分のことを中心に家族の話などよく好むのですが、時折、意外なほど洞察力を見せるので面白いときもある。「えっ、また一緒?やられたなぁ」っていうくらいの負担です、私達としては。
笑える(泣ける?)ことに、バカンス前になると叔母から「貴方たちの予定は?」という打診があり、いついつどこへ、と答えると、「あら、偶然!私もその予定なの」っていう。素直に一緒していいかしら、と言えないのでしょうね。もしくは今までにそう聞いて断られたことがあるのかもしれません。
Anyway、
彼女お得意の家族の「サガ」話。これが本だったら今10巻目くらい、話が進んできました。結構面白い。
彼女の両親から始まって、兄弟の生い立ち、教育、巣立ち、仕事、と詳細にわたって語ります。間に戦争あり、離婚あり、破産、海外逃亡あり。
この彼女の両親も、兄弟も面識ある程度ですが、どの方も、品が良くって、感じよく、社会的に合格、成功しているように見える人達です。でも叔母の話を聞いていると、うん、確かに暗い側面も持ってそうだし、そんな楽勝人生なんて存在しないですものね。
そして叔母本人については、というと、
「幸せな子供時代を過ごさせてもらった」と珍しく前向き。自分の両親は人間としては不完全だったけど、親としては素晴しかった、と。母からは素晴しい教育や人生の指針を受けたし、父からも愛情も沢山受けたっていう。
でも本当にそうかしら。
生前の彼女の両親からは、そんな印象は受けなかったけどなぁ。いつも叔母をドン臭い娘としてうざったそうにしていたと思う。
それに、人生の指針って何?叔母は何回か恋に似たことがあったそうだけど、その度に、ブランド意識強い母親が「そんな家の出の人なんて駄目です」「そんな外国人なんて駄目です」(←これ、共に私に当てはまるんですが…)とひねりつぶしたって、お陰で結婚のチャンスを逃したって、恨みがましく言っていたじゃない。両親のことを美化したいのでしょうが、そんなの、もういいよ、正直になっていいよ、と思ってしまいます。
それにしても、叔母の話は僻みも混じっているから話半分なのでしょうが、どの人も見事に不幸というか、不完全というか。皆人生の落後者、もしくは「ひでぇ奴」ですよ。叔母の語りはその人達の親、先祖の代から始まり、その人達が人生の終焉を迎えている今、で最終回を迎えます。
そんなのを聞いていて思ったことは、
親が子供にしてあげられることって、何か?
ってことです。
叔母の話聞いていてもそうですし、私の少ない見聞でも、親が子供によかれと思って、指導したり影響を与えていることが、かえって、その子供の可能性を狭めていたり、コンプレックスや洗脳となっていたり、自由に考えたり感じたりすることに足かせ掛けられていることが多いように感じられます。
じゃ、せめてお金でも残すこと目指すか?
いや、程度によるけれどお金を持っていても、それが必ずしも子供の幸せに繋がっていない。不幸の種のことの方が多いのでは。
また立派な見本、背中を見せているだろう人格者の子供が、健康に成長しているかというと、必ずしもそうでもないし。
教育熱心ねぇ。ある程度は大切かもしれないけれど、お受験的な熱心さは、プラスの量より、マイナス要因の方が多い気もします。なんというのですか、子供の幸せにつながっている感じがしない。
一方、反面教師的な親を持つことは、子供にとっては不幸なようでいて、その不幸を乗り越えたときの見返りが大きい気がする。ま、かといって、悪い親を目指すってのも変な話だし。
とウダウダ。
いや、一応結論はあるんですよ。
親が、大人が、子供にしてあげられることは、愛情を注ぐことしかない。
愛情をいっぱい注いで、「愛される自信」を身に付けさせ、あとは勇敢に自分の人生を漕いでいくのを見送るしかない。失敗しても彼の人生だから、と、ある程度切り離して見守るしかないのだと思う。
具体的には、というと、余計な口出しはせず、子供達の意思を尊重して、だまされる覚悟をもって信頼する。
さて、バカンスも終わり近づくと叔母の話も、片耳に耳栓して挑みます。
反動か、夫と二人っきりになると、妙に無口になってしまうこの頃です。
Thursday, July 28, 2011
図書館
今回のバカンスは雨続きのブルターニュです。
村の図書館に行ったときのこと。
「Bibilotheque pour tous(皆の図書館)」という自治体が運営する私営の小さな図書館。車で到着し、雨合羽姿の子猿達を降ろしていたら、ボランティアのおばあちゃんが笑顔で図書館のドアを開けて「雨は大変でしょう。さあさあ中へ」と迎え入れてくれました。う~ん、こんな温かなウェルカム、パリではありえないな。
大人向けの蔵書は実に質素で探しいてた本は見事にありませんでしたが、子供向けコーナーは自然光がふんだんに取り込まれていて雨降りの日でもグリーンハウスのように明るく、絵本の数は大人向けより多いくらいです。バカンス・モードになっている母猿、普段と違って寛大です。子猿らが次から次へと持ってくる絵本を「はいはい」と適当に和訳して読んであげながら、この子達も図書館好きになって欲しいな、と思う。
私が図書館好きになったのは、もっと大きくなってからで、高校生の頃だったと思います。当時家にいるのが嫌で、でも試験勉強しなくちゃならないから地下鉄のホームで勉強している、と読書好きな友人に話したら、「それなら図書館に行ったら?」と言われて、足を踏み入れたのがきっかけかと。
学校帰り、初めて行ったのは広尾の東京都中央図書館。あの静かな空間、埃っぽい空気、なんだか自分の気持ちまで落ち着いてくるような気がして、思いっきりハマり、私の図書館通いが始まったのでした。
でも勉強はあまり捗らなかったかなぁ。図書館に来てまで勉強しようとしている自分に満足して、そこで終わってたような……。書棚をほっつき回って「読みたい本がこんなに沢山あるとは!」とほっとしたり、売店でお菓子買い食いしたりで、気づくと閉館時間、っていう。
それでも図書館を知って良かった。初めて、家や学校以外で、自分が居てもいい場所を見つけたのだ思います。ちょっとしたサンクチュアリというか。
仕事・婚活に悩める20代の、一人暮らしの頃も、よく図書館に行ってました。当時のマイホームは22㎡のワンルームで、壁に圧迫されそうな気分になるときがありましたが、隣が区立図書館という幸運なる立地条件で、鬱っぽくなると隣に行って、閲覧コーナーで新聞観たりしてました。この図書館のお陰で随分気持ちが救われたように思います。
外にでる。そして、知らない人だろうが人々が共存している場所に行く、という行為が、部屋で溜め込んだ孤独感を薄めてくれた。
さて、この日は10冊ほど絵本を借りることにしました。日本の作家のも随分仏訳されているのですね。「Chuuuuut!(シーッ、静かにしょう)」というタイトルのをさりげなく混ぜたら、子猿に「これはいらない」と却下されました。子供が好きな本と、大人が選ぶのが全く違うのは何故?雨降りが予想される今日の午後は、引き続き雨読です。明日は、晴耕となるでしょうか。ではまた!
Monday, July 25, 2011
お久しぶりです!
バカンス、サルト地方での結婚式に出席したあと、更に西に向かい、ブルターニュはメスケーに来ています。メスケーには義理の家族の海の家があり、我が家の夏の定番のデスティネーションです。
フランスの地図を思い浮かべてください。ここがブルターニュです。結構大きいでしょう?
昔は寂れた海辺の村だったそうですが、今や夏の保養地として、南のコートダジュールと二分している感ありです。
ニース、カンヌなどからなるコートダジュールは、その殆どが黒い小石からなる幅細い海辺で、コートダジュールというと「青い海と白い砂」というイメージを持っていた私は初めて訪れた時などは「なんだ黒砂利か」とがっかりしたものです。
長所は地中海の美しさ。水温も程よく、海は蒼々としてて、ほんと、青い海岸(=コート・ダ・ジュール)とはよく言ったもの。海岸線の街路樹は椰子の樹々、レストランが連なり、景観は「ザ・地中海!」って感じです。
一方、こちらブルターニュの海は大西洋。水温は真夏でも18度~23度で、湘南や伊豆の暖かな太平洋に慣れている私にはとてもとても冷たくて泳ぐ気にはなれないけど、透明度が高く、どこまでも続く水平線が壮大で美しい。浜辺は長く広く、一面、白いサラサラの砂です。朝夕には近くの乗馬クラブが何とも美しい馬達をギャロップさせていたりするし、浜辺には所々に大きな岩々があり、恰好の風よけにもなっている。ヨットやサーフィングを楽しむ人達もいるけれど、その隣の入り江には漁師もいるし、蛎やムールなども養殖していて素朴さも残り、ほんと、いい感じなのです。
けれど…。
ここメスケーの浜辺の美しさは素晴らしすぎます。
自然体の自然。
松林の中に佇む藁葺き屋根のコテージといい、大きな岩々に打ち寄せるダイナミックな波といい、すべてがしっくりしすぎるほどしっくりした景観で、ふと私は不安な気持ちになったりします。
多分それは、私がこんな美しい海の原風景を持っていないからだと思います。
海といえば人が鰯状態でひしめきあっていたし、かつては美しかっただろう海岸線はは安っぽいホテルや有線放送で台無しにされていたし、スイカの皮やポテトチップスの袋が砂にまみれていた…。それでも、そんな中ででも、青春を謳歌したのに、したつもりでいたのに、こんなにきれいな浜辺を今更みせられても、どう思っていいのかわからないのだと思います。
素直に「きれいねぇ」って言いたくない。そうすると私の思い出の海が「悔しい」とか、「惨め」とかって、ひねくれそうで。
「なにさ、なにさ」なんて、ぷんぷんしながらの海水浴の帰り道。来年も、再来年も、何回も来るであろうメスケーの村。これからも、こうして圧倒されたり、拒否しあったりしながら付き合っていくような予感がします。
フランスの地図を思い浮かべてください。ここがブルターニュです。結構大きいでしょう?
昔は寂れた海辺の村だったそうですが、今や夏の保養地として、南のコートダジュールと二分している感ありです。
ニース、カンヌなどからなるコートダジュールは、その殆どが黒い小石からなる幅細い海辺で、コートダジュールというと「青い海と白い砂」というイメージを持っていた私は初めて訪れた時などは「なんだ黒砂利か」とがっかりしたものです。
長所は地中海の美しさ。水温も程よく、海は蒼々としてて、ほんと、青い海岸(=コート・ダ・ジュール)とはよく言ったもの。海岸線の街路樹は椰子の樹々、レストランが連なり、景観は「ザ・地中海!」って感じです。
一方、こちらブルターニュの海は大西洋。水温は真夏でも18度~23度で、湘南や伊豆の暖かな太平洋に慣れている私にはとてもとても冷たくて泳ぐ気にはなれないけど、透明度が高く、どこまでも続く水平線が壮大で美しい。浜辺は長く広く、一面、白いサラサラの砂です。朝夕には近くの乗馬クラブが何とも美しい馬達をギャロップさせていたりするし、浜辺には所々に大きな岩々があり、恰好の風よけにもなっている。ヨットやサーフィングを楽しむ人達もいるけれど、その隣の入り江には漁師もいるし、蛎やムールなども養殖していて素朴さも残り、ほんと、いい感じなのです。
けれど…。
ここメスケーの浜辺の美しさは素晴らしすぎます。
自然体の自然。
松林の中に佇む藁葺き屋根のコテージといい、大きな岩々に打ち寄せるダイナミックな波といい、すべてがしっくりしすぎるほどしっくりした景観で、ふと私は不安な気持ちになったりします。
多分それは、私がこんな美しい海の原風景を持っていないからだと思います。
海といえば人が鰯状態でひしめきあっていたし、かつては美しかっただろう海岸線はは安っぽいホテルや有線放送で台無しにされていたし、スイカの皮やポテトチップスの袋が砂にまみれていた…。それでも、そんな中ででも、青春を謳歌したのに、したつもりでいたのに、こんなにきれいな浜辺を今更みせられても、どう思っていいのかわからないのだと思います。
素直に「きれいねぇ」って言いたくない。そうすると私の思い出の海が「悔しい」とか、「惨め」とかって、ひねくれそうで。
「なにさ、なにさ」なんて、ぷんぷんしながらの海水浴の帰り道。来年も、再来年も、何回も来るであろうメスケーの村。これからも、こうして圧倒されたり、拒否しあったりしながら付き合っていくような予感がします。
Friday, July 15, 2011
16歳
未熟児で生まれて死に掛かった娘が16歳になった。堂々たる人間になり、まずはおめでたい。今日は珍しく外食でお祝いすることにしたのも、食事を作るのが面倒だからというのと、子供が二人しか家にいないと移動がとても気楽だからという理由。娘が選んだのはインド料理。インドというと、必ず頭の中で『インドの山奥で、修行をして~』というレインボーマンのテーマソングを歌ってしまう。そして、インド料理はどうやって作ったらよいのかさっぱりわからないので、外食をした甲斐がある。
そして、家に戻りふと考える。インド人はあんなにおなかの膨れるものをたべて、何故肥満にならないのかと。人気のインド料理の定食屋さんには、ノー・オイル、ノー・グルテンという看板がでていたが、そういうことなのかなあ?
ところで16歳になった娘は、将来英語の教授を大学でしたい、その前に海外協力隊に行きたいと夢を語ってくれた。面白そうな人生設計でいいなあ!と思う。
そして、家に戻りふと考える。インド人はあんなにおなかの膨れるものをたべて、何故肥満にならないのかと。人気のインド料理の定食屋さんには、ノー・オイル、ノー・グルテンという看板がでていたが、そういうことなのかなあ?
ところで16歳になった娘は、将来英語の教授を大学でしたい、その前に海外協力隊に行きたいと夢を語ってくれた。面白そうな人生設計でいいなあ!と思う。
Saturday, July 9, 2011
人の振りを見てわが振り直す
Lazy さんの優雅なバカンスとは裏腹な、隣人のガレージセール。あいにく曇り空で肌寒い朝、しかも人通りの少ない袋小路で、客は来ない。商品もイマイチで善意で来てくれた友人一家も、カビ臭くてすぐに退散したそう。うちの末っ子も午前中手伝ったものの、誰も来ないので、戻ってきた。自分で蒔いた種なのでしょうが何十年もの隣人達はとても冷たい。励ますというよりは非難に偏りがちな会話で気の毒だった。それでも午後には一件商売成立したそう。良かった。家にはもう電気がないようで、我が家の車庫の横でコンピュータの充電をしている。
他人事とは思えない自分が少し怖い。実際人間は、病や失業を重ねるとあっという間に、こういう状態になり得るのだ。今週写真家の友人にお願いして会社のウェブサイト用の顔写真を撮って貰って愕然とした。目尻のしわ、頬の縦じわは、思いっきりおばちゃんを通り越しておばあちゃんである。修正をいれて貰うにも限度がある。急に焦りが入った。健康で働けるうちに少しは蓄えをしないといけないな〜と思う。四人の息子達を育てるのと、アル中のリハビリに年金を使い果たした隣人はどうやってこれから生きてゆくのだろう。
子沢山の自分とイメージが重なり、何となく恐ろしい。生来の気の小ささがこういう時には災いする。そしてこういう時には性格の強い夫がいて良かったな、とも思う。感情のバランスがとれる。
他人事とは思えない自分が少し怖い。実際人間は、病や失業を重ねるとあっという間に、こういう状態になり得るのだ。今週写真家の友人にお願いして会社のウェブサイト用の顔写真を撮って貰って愕然とした。目尻のしわ、頬の縦じわは、思いっきりおばちゃんを通り越しておばあちゃんである。修正をいれて貰うにも限度がある。急に焦りが入った。健康で働けるうちに少しは蓄えをしないといけないな〜と思う。四人の息子達を育てるのと、アル中のリハビリに年金を使い果たした隣人はどうやってこれから生きてゆくのだろう。
子沢山の自分とイメージが重なり、何となく恐ろしい。生来の気の小ささがこういう時には災いする。そしてこういう時には性格の強い夫がいて良かったな、とも思う。感情のバランスがとれる。
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