こちらフランスは万聖節のヴァカンス中。一週間ほど、フランスの西海岸、ブレターニュ地方に行ってきた。
一言で言うならば、フランスは驚くほどの遺産が一杯で、その素晴らしさがかろうじて人の悪さを補っている、という感じ。旅先で出会った人に関して、もっと意地悪く言えば、代々の資産家が、新地開拓を怠り磨り減っていく財産にかじりついて目をギラギラさせている、と言った印象を抱いた。怖かった~!
さて、最初の停車先はモン・サンミッシェル。岩の孤島に、モンブランのマロンクリームのような感じでお城が乗っかっている、あれである。お城と言ったが、本当はお城なんかではなく、あれは修道院なのだ。四歳の息子がモン・サンミッシェルを遠くから指し、「あれは何?」と聞いたときは、夫と二人、あらためて「何だっけ?」と考えてしまったが、訪れてみると、僧院以外は考えられない。人間がここで出来ることは神に祈り、神のことを想う、それだけだ、と思わせるような荘厳さであった。
最初に、日本語で何と言うのか、(フランス語でもわからないが)僧侶が思索するするための広場に行くのだが、そこはテラスというか、美しい崖っぷちというか。そういうところで、冷たい風が四方から吹き、周囲を囲む遠浅の海は沙漠のようで、一瞬、ヒマラヤとか、チベットとか、そういう荒涼としたところで僧侶がつならって手を合わせているような、そんな中にいるような錯覚に落ちてしまう。
その次に、列柱廊と言うらしい、瞑想するための散歩道に進むと、そこにも僧侶が静々と歩いているように感じる。子猿たちはくるくると瞑想の廊下で鬼ごっこ。ものすごい人出で、各団体さん、それどころではなく、誰も文句を言わないし、私もそっと他人のフリ。
モン・サンミッシェルはウンベルト・エコーの「薔薇の名前」から想像する修道院より、もっと人間味を削った、ゴリゴリした感じなのである。それと同時に、以前読んだ井上靖のヒマラヤ登頂記で、山麓のチベット仏教の僧院が月明かりに照らされているのをみて、あそこでは真剣に生きることについて考えている人達が住んでいる、とあったのを思い出したり・・・。
下山して夫と二人、「すごかったねぇ」「素晴らしかったねぇ」と、しばらく他の言葉がなかったモン・サンミッシェルなのであった。
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