Monday, May 9, 2011

点と点

SoraさんやAtlasさんの寄稿を拝見して思いました。具体的な計画にはいろいろあるように思う。昔、まじめな従業員をしていた時には、自分に与えられた職務と社内政治に負けないことに注力し、行動範囲と思考回路は非常に狭く深く焦点を定めていた。自営・起業をするようになり、ようやく昔の癖を脱却し、もっと世界を丸く見るようになった気がする。どうビジネスにつながるのかわからなくても関心があれば、とにかく会ってみる、研究してみるという点をたくさん作ってみた。これが不思議なことに線になり、やがて面になっていく気がする。そういう意味では具体的な計画というよりは、あえて無秩序を探求してみる。これも、ゆくゆくは商売につながるかなあという計画の一環なのだ。急がば回れだろうか?

ところで、久しぶりのDC・NYはビンラデン殺害の直後で、一体何故こんなタイミング?DCからNYへは電車で上る。こんな警戒体制だったら電車を標的にしたらいちころだねと、旅仲間とはなした翌日にAl Quedaの電車爆弾計画が発表された。NYのホテルはタイムズ・スクェアなんていうNYに10年住んだときは避けて通ったところに予約を入れられ、最終日はこれまた行かないグランド・ゼロに新しく建てられた7WTCの会社を訪問した。これでもかというくらい危険なところに行ったが、何事もなく戻ってきた。

週末をかけてようやく整理して多少過ごしやすくなった家のなか。ごみの収集日なので、最後のごみをだしがてら、したの子供たちが自転車に乗って登校するのを見送るまもなく、末っ子が”OH NO!!”といいながら猛スピードで坂をおりきり凄い音で何かに衝突。心臓が破れるかと思ったが、スリッパで走っていくと、道端の藪に頭から突入して大泣きしている。よこで、姉も恐怖に満ちた顔で立ちすくんでいる。泣いているのはいい印。意識があるということ、ととっさに考えながら、藪から支えて家に戻る。脳震盪もなく、頬と唇が大きく腫れただけですんだ。ブレーキが外れたというのを週末聞いていたのに、忙しいからと私も夫もあとで、といったのを全員が忘れた結果の事故である。大事に至らなくて良かったが、そんな時末っ子は”I’m sorry.”という。腰の手術をして痛かった時も、心配をかけてごめんと言っていたのを思い出した。母の日にご飯作ってもらわなくてもいいから、もうこういう恐ろしい事故が起こらないでもらいたい。そんな彼もおいわさんのような顔を引きつらせて”I Love Lucy”のDVDをみて笑っている、笑うと痛いと言いながら。。。。そして子供のリクエストはあとで、と言わずにすぐに対応しようと反省したりする。

3 comments:

  1. ほんとほんと、うっかりが命採りになったりするからいやですね、子供は。

    テロ、ないといいね。ウィきりークスによると、日本の原発がテロ対策されていないことに米国心配、というのがあったけど、本当、アメリカを引き出すために、日本に原発テロなんかされた日には、安全保障条約も減ったくれもない。ジャック・バウワー(TVシリーズのキャラ)、いないのでしょうか、現実には。

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  2. 無秩序に「点」として動いていても、点が増えると、不思議なことにどこかの段階から点と点がつながって線になり、やがて面に展開する感じ、とてもよくわかります。jubiさんの「世界を丸く見れる」という表現は初めて聞きましたが、とても感じがよくわかります。もっと、「丸く見える」ようになりたいですね。

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  3. あえて無秩序を探求するのは、本当におもしろそう。
    こうなるようにと決めつけると、あらゆる可能性をせばめてしまいますものね。
    テロから自転車のブレーキまで、日々安全に暮らすことはなかなか大変。私などはついつい交通安全などのお守りが増えてきます。気持ちだけでも安心するために。
    怪我をして謝っているけなげな心が愛おしいです。

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