最近見つけたお気に入りのブログは内田樹という大学教授のもの。http://blog.tatsuru.com/ ユーモアのセンス抜群で、気取っていなく、真っ直ぐで、社会問題から映画まで色々な事象についての見解が面白い。
今朝みると、そこに今日本は受験シーズンとある。悪評高き受験である。今は少子化で多くの大学が定員割れしているのに苦労しているらしい。
受験、私は中学(途中リタイア、あまりの成績の悪さに母は願書を出しに行かなかった)、高校、大学と三回やった。
高校のときは「あの学校の門で待ち合わせてデートしたい」という、それだけの夢のため、今までにないほど真面目に勉強した。体調も壊すほど。でも駄目だった。落ちたときは、こんな結末があるなんて信じられなかった。
大学のときは手を抜いた。どの大学の校門もデートの待ち合わせに相応しいように思え、勉強に身が入らなかった。それなのに記念受験的な大学に合格した。
受験で私が学んだことは人生の皮肉とでもいうか、努力は実らないこともある、そして人生の成功は運次第なところがある、ということ。(合格した大学の試験問題、得意なところばかりついたものだった。)
また、高校は行きたいところには行けなかったが、それでも青春、青春した楽しい三年間だったのだ。例え思い通りにならなくても人生OKなこともある、そんなことも受験を通して学んだと言えよう。
受験制度を承認しているわけではないが、私の時代はああいう時代だったから、その制度の中で成長する術を見つけたのだと思う。
近所で殺人事件があった。パリ16区は閑静な住宅街なので皆びっくり。話を聞くと、17歳の高校生同士が喧嘩の勢いで刃物で相手を刺してしまったらしい。これからが本番のところで死んでしまう、罪を背負ってしまう、なんとむごいことだろう。
近所にはリセ(中高)3校と専門学校があって、道には若者が沢山。皆タバコはスパスパ、頭悪そうな服装、振る舞いをしているが、乳母車でバスを降りる時に手伝ってくれるなど、礼儀正しくて優しい。Merciというと、照れた顔をして、まだまだ子供。
ナイフさえ持っていなければ・・・この少年は一生悔やみ続けるのだろう。被害者の親御さんもナイフさえなければ、と嘆き続けるのだろうか。
救いがあるよう、祈りことしかできない。
「あの学校の門で待ち合わせてデートしたい」というその門はどの門ですか?私は、そんなおしゃれなことを考えて受験したためしがない。道理で門もない高校に通学していたと、遅ればせながら反省している。
ReplyDelete青山。キラー通りをデートしたかった。
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