パリの街ですれ違う幼児をみると、男の子が圧倒的に多いような気がする。斯く言う我が家も同様、男子二児の家庭である。幼稚園、保育園も5対1の割合で男の子が多い。一人っ子対策の中国もこんな感じなのだろうか。世界の別の場所では女の子だらけあることを願うばかり。そうそう、カタールでは男の子が珍重されると聞いていたが、ショッピング・モールで見かけるアラブ人の女の子は、ちゃんと可愛がられている様でほっとしたものである。
さて、先ほど量販店のカールフールに行った際、つつましい日本人家族を見かけた。日本人には珍しく、ブランド物なしのこざっぱりした身なり。お兄ちゃん二人は年子であろうか、ひざに穴が開いているのは我が家の男子と一緒。
そして小さな女の子!ご両親にとっては大きな賭けではなかっただろうか。二人もきてるけど、三人男の子だったら家の中はゴミタメになるわ、汗くさいわ、お米もすごい消費量だろう。(三人男のお母様読者、心より同情申し上げます。掃除、洗濯、料理・・・確り仕込んで、こき使うべし。You deserve it!)
三人目、女の子で良かったね、可愛くって良かったね、と見知らぬ人に心の中で祝福する私。この女の子、靴からジャンパーまで全て男物。お兄ちゃんたちのお下がりであろう。何だかとっても微笑ましかった。
Wednesday, November 11, 2009
Tuesday, November 10, 2009
寂しさ
家庭が幸せな人ほど一人旅は嫌な気がする。私も久しぶりに東京に行けるのでそれは楽しみだが、家を離れるのは寂しい。日曜日に出るのに火曜日の今から寂しい。行ってしまえば楽しいのに、飛行機の中は特に寂しい。家族とはなれるのが寂しいのは、幸せなのだとつくづく思う。
その昔、出産と育児の真っ只中の頃は、結構出張が楽しみだった。自分のための時間が珍しくたっぷりあるし、時差ぼけとはいえ、いつもよりたくさん眠れるというのもうれしかった。自分の好きなものを食べられるというのも最高のご褒美のような気がしたりした。
そんなので、今旅に出る前にさびしい自分はだいぶお気楽な人生を歩んでいるんだなと思う。
その昔、出産と育児の真っ只中の頃は、結構出張が楽しみだった。自分のための時間が珍しくたっぷりあるし、時差ぼけとはいえ、いつもよりたくさん眠れるというのもうれしかった。自分の好きなものを食べられるというのも最高のご褒美のような気がしたりした。
そんなので、今旅に出る前にさびしい自分はだいぶお気楽な人生を歩んでいるんだなと思う。
Monday, November 9, 2009
旅たちの前
昨日の夕方は飛行機で出張に出る夫の「旅たち前症候群」に付き合わされた。
以前も書いたかもしれないが、彼は飛行機恐怖症気味で、ホテル嫌いなのだ。出発前に落ち込み方ったら、ちょっと気の毒なくらいである。症状は家を出る6時間前くらいから始まるのだが、あと30分で車がくる、という頃には涙を流さんばかり。そして昨日は日曜日だったのもいけなかった。彼は子供の頃から学校の寮に入れられ、週末だけは家に帰ってくる、という生活だった。そして、日曜日の夕方は、家族と別れ、ドナドナドーナ♪とスクール・バスに揺られて寮に戻る。そんな家なき子したトラウマが感傷的な状態を更に盛り上げてしまったのである。
斯く言う私も、以前スチュワーデスとして働いていた頃は似たような心情に陥っていた。当時は悩めるアラウンド25、未来が不透明なことに耐えられず、独りでいることとは絶望だと思い、一人飛行機に乗って外国に行くことが、宿命のように重く感じられ・・・と、兎に角、フライト前日は深ーく、暗ーく落ち込んだものだ。
今は、というと、一人シャンパンをすすりつつ、静かに本を読んだりする、そんなフライトは夢のまた夢なのだ。
以前も書いたかもしれないが、彼は飛行機恐怖症気味で、ホテル嫌いなのだ。出発前に落ち込み方ったら、ちょっと気の毒なくらいである。症状は家を出る6時間前くらいから始まるのだが、あと30分で車がくる、という頃には涙を流さんばかり。そして昨日は日曜日だったのもいけなかった。彼は子供の頃から学校の寮に入れられ、週末だけは家に帰ってくる、という生活だった。そして、日曜日の夕方は、家族と別れ、ドナドナドーナ♪とスクール・バスに揺られて寮に戻る。そんな家なき子したトラウマが感傷的な状態を更に盛り上げてしまったのである。
斯く言う私も、以前スチュワーデスとして働いていた頃は似たような心情に陥っていた。当時は悩めるアラウンド25、未来が不透明なことに耐えられず、独りでいることとは絶望だと思い、一人飛行機に乗って外国に行くことが、宿命のように重く感じられ・・・と、兎に角、フライト前日は深ーく、暗ーく落ち込んだものだ。
今は、というと、一人シャンパンをすすりつつ、静かに本を読んだりする、そんなフライトは夢のまた夢なのだ。
Sunday, November 8, 2009
眠れぬ夜
久しぶりに夫が出張で留守である。楽できるような気がして喜んだ罰か、寝付けなかった。そんな夜は・・・
宮部みゆきの最新刊、「英雄の書」というのを明け方近くまで読みこんだ。
これは宮部みゆきのSFもの。彼女は時代物でも、もちろん現代ミステリーでも、人の孤独や、社会の歪みなどを、程々のユーモアを混ぜて上手く書くので大好きのなのだが、SFは小生のイメージ力不足のためか、イマイチ小慣れていないような気がしていた。プロットもシンプル過ぎるかな、なんて。でもこの「英雄の書」はいいような気がする。ネバーエンディングストーリーの大人版というか、怖い版というか。まだ半分過ぎたところだが、どこに連れて行かれるのか、楽しみだ。
週末にパリもぐっと冷え込んだ。歩道を歩くと一面枯葉の絨毯でサクサク音がする。これから春まで、街路樹も裸んぼです。
皆様も風邪など召しませぬよう、ご自愛くださいね。
宮部みゆきの最新刊、「英雄の書」というのを明け方近くまで読みこんだ。
これは宮部みゆきのSFもの。彼女は時代物でも、もちろん現代ミステリーでも、人の孤独や、社会の歪みなどを、程々のユーモアを混ぜて上手く書くので大好きのなのだが、SFは小生のイメージ力不足のためか、イマイチ小慣れていないような気がしていた。プロットもシンプル過ぎるかな、なんて。でもこの「英雄の書」はいいような気がする。ネバーエンディングストーリーの大人版というか、怖い版というか。まだ半分過ぎたところだが、どこに連れて行かれるのか、楽しみだ。
週末にパリもぐっと冷え込んだ。歩道を歩くと一面枯葉の絨毯でサクサク音がする。これから春まで、街路樹も裸んぼです。
皆様も風邪など召しませぬよう、ご自愛くださいね。
Wednesday, November 4, 2009
Tuesday, November 3, 2009
ハチ公
うちの犬のチャーリーは最近忠犬ハチ公も真っ青と言う忠誠ぶりを発揮している。昨日は窓の修理に来たLord of the Rings のレゴロスを30年くらい年輩にして歯を2本抜いた感じのおじさんから飼い主(つまりは私)を守るため、半日ピットリ横について影のように行動。私の住むティブロンはサンフランシスコから15分の割には野生が多く、犬も大変である。たぬき、スカンク、鹿、野うさぎは序の口、時折コヨーテまで出没する。丘の上に住むチャーリーは高台から人間やその他もろもろの動物をみては、「ここはわしの領域だぞ~!」と吠える。最初はたしなめていたが、最近はほめることにした。すると、一度ほめられると、満足して家に戻ってくる。要は自分の仕事をしっかりやっていると言うことを認めてもらいたいために吠えてみているようだ。割とひたむきな犬だ。その忠犬も、周りに敵がいないと、安楽椅子で昼寝三昧。オンとオフがしっかりしている。
Sunday, November 1, 2009
海、海、海!
先週のフランス西海岸旅行では、モン・サンミッシェルのあとSaint Malo、そしてその足で塩の華で有名なゲランド地方に行きました。
サン・マロは古い港街。左手に海、右手には松並木の、何ともひなびた散歩道を、港を目指してゆっくり歩きました。崖の上から見る海は、ヨットが浮かんでいたり、小さな入り江があったりで、アガサ・クリスティーの殺人事件現場を思い起こさせられます。
ゲランド近くのMesquerとかいう所の広い砂浜は、アメリカのロング・アイランドと海続きだけあって、(と、ここまで書いて、自信が失せてしまう私は地理音痴)同じ色でした。子供達と七番目の波まで数えては逃げる、という、素朴な遊びに明け暮れたり、お決まりどおり、波につかまってびしょびしょになった次男子猿を引き上げたり、海三昧でした。
そうそう、「毎日かあさん」というお笑い漫画に、男と棒の関係というのがあって、棒一本(折れた枝でも何でも)を公園に落として観察すると、幼(男)児はただ持って喜んだり、虫をつついたり、他の子を叩いたりし、少年はバットにして野球に明け暮れ、そして、夕方にはオジサンがゴルフ・クラブ代わりにして振っていた、とあり、男と棒は切っても切れない仲らしいですが、同様なことが石っころでも言える事を知りました。我が子猿たち、その従兄弟の10歳児、我が夫、この四人と一緒に浜辺に行ったときは、ずっと、ずーっと、平たい石を探しては、水面にバウンスさせるというのをやっていました。同行した叔母はあきれて浜辺で昼寝。平和でしょ。
私は、というと、このフランスの海に、私の知っている海を見つけようと、忙しくしていたように思われます。高校時代に電車を乗り継いで行った鎌倉付近の由比ガ浜や江ノ島、あの辺りの、深緑と青の混ざったような海、あれです。松の木があるのが似てる、とか、砂の色はもっと濃いグレーだったと思う、とか。
そうそう、波の音は同じでした。
サン・マロは古い港街。左手に海、右手には松並木の、何ともひなびた散歩道を、港を目指してゆっくり歩きました。崖の上から見る海は、ヨットが浮かんでいたり、小さな入り江があったりで、アガサ・クリスティーの殺人事件現場を思い起こさせられます。
ゲランド近くのMesquerとかいう所の広い砂浜は、アメリカのロング・アイランドと海続きだけあって、(と、ここまで書いて、自信が失せてしまう私は地理音痴)同じ色でした。子供達と七番目の波まで数えては逃げる、という、素朴な遊びに明け暮れたり、お決まりどおり、波につかまってびしょびしょになった次男子猿を引き上げたり、海三昧でした。
そうそう、「毎日かあさん」というお笑い漫画に、男と棒の関係というのがあって、棒一本(折れた枝でも何でも)を公園に落として観察すると、幼(男)児はただ持って喜んだり、虫をつついたり、他の子を叩いたりし、少年はバットにして野球に明け暮れ、そして、夕方にはオジサンがゴルフ・クラブ代わりにして振っていた、とあり、男と棒は切っても切れない仲らしいですが、同様なことが石っころでも言える事を知りました。我が子猿たち、その従兄弟の10歳児、我が夫、この四人と一緒に浜辺に行ったときは、ずっと、ずーっと、平たい石を探しては、水面にバウンスさせるというのをやっていました。同行した叔母はあきれて浜辺で昼寝。平和でしょ。
私は、というと、このフランスの海に、私の知っている海を見つけようと、忙しくしていたように思われます。高校時代に電車を乗り継いで行った鎌倉付近の由比ガ浜や江ノ島、あの辺りの、深緑と青の混ざったような海、あれです。松の木があるのが似てる、とか、砂の色はもっと濃いグレーだったと思う、とか。
そうそう、波の音は同じでした。
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